【#30 Unknown / Dec.4.0079】

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「亡霊狩り。」
 地球連邦軍特務G13MS部隊の戦闘隊長、”ノーススター”ケーン・ディッパー大尉は、その現実味のない言葉を反芻して、困惑していた。
「そう、亡霊狩りだ。」
司令の、コヴ・ブラック少佐は眠そうな目つきのまま繰り返した。
「シャア・アズナブルって、知っているだろ。」
「例の、ジオンの”赤い彗星”ですね。」
 ジンは口にした後、自分と同じ”赤”をトレードカラーにしていることが、気に食わないなと思った。
 ジオン公国軍の英雄的パイロットである。天才的な操縦技術を持つパイロットで、敵味方を問わずその名を知られ、恐れられている。今、地球圏で、おそらく彼の名を知らぬ者はいない。ギレンやレビルと並び、間違いなくこの宇宙世紀の歴史に名を遺す人物だろう。
「その、シャアのザクが、この辺に、出る。」
 どうにもだらしない印象を与える声の出し方だ。
 本大戦の緒戦、ジオン公国軍が劇的な勝利を収めた宇宙海戦、後にルウム戦役と呼ばれた戦いで、シャアは赤いザクを駆り、一人で戦艦5隻を撃沈させた。”シャアの五艘跳び””ルウムの鬼武者”などとも呼ばれ、もはや神話のような語り草になっている。
「シャアのザクって……ただ同じ色にしているだけでしょう。」
ばかばかしい、と、トニーが笑いながら応じる。
「そうだと思うのだが、マーキングやエンブレムもなあ、データとしっかり一致しているらしい。」
「そんなもの、いくらでも再現可能でしょうが。」
「いずれにしても……。」
珍しく、”デューク”が口を開いた。
「……敵がいるなら、討つだけだ。」
酷く低い声の後に、沈黙が続いた

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「そのとおりだ。」
 ケーンの快活な一言で、沈黙が破られる。
「データは見ました。味方もまあまあやられている。そのザク1機でやったとは思えませんね。」
ケーンは、モニターに映し出されたデータを眺めながら呟く。
「ドムが随伴している。戦果らしい戦果はそいつらの手柄だな。」
コヴ少佐が言うと、そら見ろ、やっぱりニセモノだ、とトニーがわめいた。
「……”チージー”の言うとおりだと思う。」
また、”デューク”が口を開いた。”チージー”とは、トニーのコールサインだ。それ、作戦以外では呼ばないでくださいよ、と、トニーが抗議する。
「今日はやけに口数が多いな。」
ケーンが以外そうに言う。
「ルウムで、赤い彗星を見た……。」
”デューク”はもともと、艦隊の砲撃手だった。その時に見たと言うのだろう。
「……あの男は、いつも自らが、先陣に立つ……他人に譲るとは、思えん……。」
「何でもいい。」
 ”赤い彗星論議”を打ち切ったのは、ジンだった。
「"デューク"少尉のおっしゃるとおりです。"赤い彗星"だろうがその亡霊だろうが、何が来ようと、敵ならば打ち砕くだけです。」
我々は連邦軍でも頭抜けている戦力の一つです、見せつけてやりましょう、と力強く言うと、一同は爽やかに笑った。
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(特に面白みのないデータだ。)
 ブリーフィングを終え、”レッドウォーリア”のコクピット内で、ジン・サナダ曹長は内省した。地球連邦軍第22遊撃MS部隊から共有を受けた、ガンダム陸戦強襲型の運用データを見たが、特に目を引くようなものはない。配備されてから、たった一度しか実戦に出ていないのだから当然かもしれないが、それにしても、せっかくの運動性を十分に活かしきれていない。装甲の厚さに任せて、被弾ありきの力任せに運用されている。自分が先日試したやり方と大して変わらない。
 ルーマニアでもう1機、稼働していた機体があったようだが、そちらはコクピットを潰されてしまったらしく、データが残っていない。ニュータイプ兵が運用していたと言うから、残念に思う。
(なぜ、パイロットはあいつではなかったんだ。)
 キョウ・ミヤギなら、もっと上手く扱ったのではないかと言う考えを頭が過った後、もう彼女のことを考えるのは止そうと思い直した。
「おい、そのデータ、こっちにも回せ。」
 トニーが、コクピットの外からこちらを覗き込んでくる。
「大したデータじゃないぞ。何に使うんだ。」
「たいしたって、お前も結構言うな。あ、わかった。」
いつも以上ににやにやとしながら、言葉を続けようとしている。嫌な予感がする。
「例の”シングルモルトの戦乙女(ヴァルキュリア)”。彼氏はそのガンダムのパイロットだろ。基地内であっという間に噂になってた。」
「だから何だ。」
「不愉快だね。こちとら命懸けで戦争してんのに、隊内で熱愛かまして、後方の安全地帯で哨戒と教導任務で慰労だと。MS戦は学生のクラブ活動じゃないんだぜ。」
 それは、理解できる。ジンがミヤギに対して感じた失望も、そういうところからきているのかもしれないと思った。しかし、それで片付けてしまうと、自分の感情がひどく矮小化されてしまうような気がした。
「お前こそ、同期のよしみでワンチャン狙ってたんじゃないのか。つけ入る隙がなくなって、拗ねているのはお前だろ。」
 こういう、下世話で低俗なゴシップに集約されてしまうのが、1番不愉快だったが、ジンの"擬態"には都合のいい隠れ蓑だ。否定も肯定もしておかないことにした。
「冷やかしなら帰れ。」
「違う、データだ。」
「だから、何に使う。」
 トニーが言うには、この後、空挺作戦ではなく、地上を行軍するらしい。ジム・ナイトシーカーは、高高度からの空挺作戦時に、姿勢制御をするためのスラスターが各所に装備されている。それらを有効に活用すれば、地上でもある程度の高速戦闘が可能と見られていたので、その実験をするのだろう。
 先程までジンが見ていた、ガンダム陸戦強襲型も、フレキシブルに稼働する背面スラスターで、地面を滑るように飛び回っていた。ジム・ナイトシーカーなら、同じやり方でも、もっと速度が出るかもしれない。
「なるほど。じゃあ、ここだ。元々率いていた中隊から離れて、砂漠を横断するところ。それと、片腕のグフとの近接戦闘。ここのバーニアのふかし方はなかなかうまい。」
 言いながら、搭載データをディスクに移す。サーバー管理のデータはハッキングの可能性もあるため、MS開発に関わる機密事項は、いまだにディスクなどを使うことが多い。
「研究熱心だな、助かる。」
 データを移しながら、MSは好きだからね、と応じる。こいつだけが、純粋に自分に応えてくれる気がしていた。
「お前、教え方も、うまいよな。北米で手柄を立てて、T4部隊に戻るかナイメーヘンにでも赴任して、教官でもやれよ。正しく"トップガン"だ、ロマンがある。」
相変わらず余計なことばかりへらへらと、よく喋る男だ、と、内心嫌悪しつつも、柄じゃないさ、と笑顔で返事をする。
(誰が、下らない教導任務になど就くものか。)
 俺は、俺が死ぬまで、あるいは、敵が全て死に絶えるまで、戦場に居続けてやる。平穏や、未来など、どうでもいい。ジンが望むのは、ただ、破壊だけだ。
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『夜に慣れすぎた。明るい中の進軍は目がチカチカする。』
「お前、少しは黙ってられないのか。」
 トレーラー上で揺られる機体で、相変わらずのトニーに思わず釘を刺す。
『会敵予想地点まで、あと600秒だ、気を引き締めろ。』
 ケーンから通信が入ると、トレーラーが止まった。ここからは、徒歩で進軍する。この先に、ジオンの小規模拠点がある。確認している敵機は、せいぜいMS2個小隊程度だが、数時間前からミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布している。敵も襲撃に備えているだろう。
『事前に確認したとおりだ。フォーメーション”ドラゴン・ジョーズ”でいく。』
『……了解。』
何のことはない、2機1組に分かれての挟撃だ。楕円軌道での突撃が、竜の咢のようだというネーミングらしい。
『Aユニットは、”ノーススター””チージー”、Bユニットは、”デューク””チェリー”。』
 ケーンが最終確認の通信を送る。ジンは、先ほどあてがわれた自分のコールサインに、不快感を感じる。自身は”レックス”を提案したが、トニーが機体色を理由に、ジンの提案を覆した。
(こいつ、思考が思春期ですから。ほら、”俺の傷がうずく”とか言ってそうなタイプですよ。ジュニアハイのときいませんでした、そういうやつ。)
ジンは思わず優等生の擬態を解き掛けたが、まあ、呼び名などどうでもいいと思うことにした。お前、隙があったら撃ち落してやるからな、と、ジンも、軽口で応じた。
『では、行くぞ。』
 ケーンの、快活だが深みのある声に、ハッと我に返る。
 ジンは、舌なめずりをして、機体を走らせた。
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”デューク”の操縦は、隙も無駄もなく、静かに、しかし確実に敵機を打ち抜いた。ジンは思わず見惚れる思いがした。
 前方から、ドムが来る。
「もらいますよ!」
 ジンも突出して、敵機を撃墜する。
 事前の分析よりも、敵の数が多いが、"デューク"にもジンにも、大した問題ではなかった。機体性能も、パイロットの腕も、不安材料がない。
 数分もせず、自分たちの担当した方面の敵は沈黙していた。
「隊長とトニーと合流しましょう。」
 ジンの通信に、"デューク"は応えないが、代わりに機体を走らせる。
 前方、僅かに戦闘光が見える。
(苦戦しているのか……?)
 ケーンはもちろん、トニーも腕は確かだ。闇に紛れていないとは言え、今さらドムやグフ程度に苦戦するとは思えない。

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不意に、戦場に不似合いは、パステルカラーの物体が視界に飛び込んできた。
『……何だと!?』
 "デューク"の動揺した声がスピーカーから響く。
 そいつは、空中に勢いよく飛び出すと、思い切りバーニアを噴射させながら、鋭い機動を描いてみせた。
 赤いザクーー
「赤い、彗星……!?」
 ジンも、思わず声が出た。
 呆気に取られているうちに、赤いザクは空を走り、あっという間に視界から消えた。

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『"チェリー"助けてくれ!』
 トニーの声に、視界を巡らせる。
 真っ黒なドムが3機、トニーとケーンのジムに襲いかかっていた。二人とも、なんとか凌いでいるが、防戦一方だ。
 先程確認した、赤い彗星の随伴機とは、こいつらだろう。
 "デューク"と共に加勢に向かうが、敵はすぐに散開する。
 3対4。数的不利を認めて、撤退する気だ。それぞれが全く違った方向に、勢いよく後退していく。判断の速さが、腕の良さを示している。

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 逃がすか。
 ジンはすかさず、一機に追いすがる。
 瞬間、視界に閃光が走る。
 時間が異常にゆっくり流れるような、奇妙な感覚の後、視界いっぱいを、眩い光が充した。
(なんだーー!?)
 時間が、止まる。
 目の前から、モニターがなくなる。
 光の中に、敵の姿が映し出される。
 だが、その姿は、ドムではない。
 コクピットの中の、敵の気配、いや、息遣いを感じた。

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(女……?)
 柔らかく、心地よい気配に、一瞬、心を満たされるような感覚を覚える。
(キョウ・ミヤギ……?)
 その名が、イメージが、頭に浮かんだ瞬間、時の向こうに見えた桃源郷は、一瞬のうちに破壊された。

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 ジンの目の前には、モニター越し、遠ざかっていくドムの姿が見えた。動揺して、やはり一瞬、機体を止めてしまっていたらしい。
 邪魔しやがって、と、ここにはいない同期の女に、胸の内で悪態をつく。
『追うな。帰りの推進剤がもたん。』
ケーンの制止に従い、機体を止める。間もなく、上空にガンペリーが迎えに来る。ガンペリーのいる高度まで、バーニアで無理やり上がらねばならない。
(なんだったんだ、あれは……。)
 感じたことのない感覚、そうだ、快楽に近かった。今まで、破壊でしか感じたことのないものを、予期せぬことで感じたことに、そして、その正体がまったく分からないということが、ジンを戸惑わせた。
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「……戦場で、遊ぶのはやめろ。」
 作戦が終わり、基地に戻ると、”デューク”が釘を刺してきた。
「これまでは性能差で何とかなったかもしれんが、今日のような腕利き相手では、その舐めた態度が命取りになる。」
 こいつ、普通に喋れるのか、と思うと、そのことが癪に障った。しかし、指摘は最もだ。ジンはいつも通り、従順な態度で応じた。
「申し訳ございません。確かに、機体性能を過信しすぎていました。」
「……。」
 何か言いたげだったが、”デューク”はそれ以上何も言わなかった。
 自分の擬態は、案外うまくいっていないのだろうか。トニーにも、”デューク”にも、自分の本性が見抜かれている。
 だとしても、構わない。
 ここ、北米は、もうひと暴れできそうだ。
 俺と、”レッドウォーリア”の、”遊び場”にはちょうどいい。



【#30 Unknown / Dec.4.0079 fin.】

 

 

 

 

 

 

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次回、

MS戦記異聞シャドウファントム

#interlude Fever







今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

次回のお越しもお待ちしております。