【#29 The beauty and the crimson beast / Dec.3.0079】

あれから、出撃がないことが、特務G13MS部隊のジン・サナダ曹長には不満だったが、今朝、ようやく出撃の具体的な指令が下った。北米に進出する。もうじき始まるキャリフォルニアベースの奪還作戦に組み込まれるのだ。

賑やかな連中が来た、と、トニーがいつものにやけ顔をぶら下げてコンパートメントに来た。正規のパイロットは、下士官でもコンパートメントが与えられている。
「中東から引き上げてきた奴らだっていうが、すげえ美人がいるらしい。」
パイロット同士でデータの交換が必要だろうから、それを理由に口説きに行こうぜ、とトニーがはしゃいでいる。
中東と言えば、先に降下したキョウ・ミヤギが作戦に参加していた所だったはずだ。大変な美人のパイロット、という稀有な特徴から、ジンはミヤギを即座に連想したが、果たしてその正体はキョウ・ミヤギその人であった。中東で戦果を上げてきたらしく、"シングルモルトの戦乙女(ヴァルキュリア)"とか言う、よく意味のわからない通り名まで付いていた。
シングルモルト。たしか、あいつの名前とよく似たシングルモルトウイスキーがあったはずだ。呼んでいる連中は、面白がって茶化しているとしか思えない。いずれにしても、ばかばかしい。

V作戦の機体軍は、共通の教育型コンピュータを搭載しているため、データを蓄積すればするほど強くなるという特徴がある。ここは地球連邦軍の総本部ジャブローである。先日、噂のニュータイプ部隊、ホワイトベースもここを経由して宇宙に上がった。本物の"ニュータイプ"兵士が運用しているという、本物の"ガンダム"のデータもここにはある。それを取り込んだ、ジンの"レッドウォーリア"は、さらに強くなったはずだ。
キョウ・ミヤギを擁するMS部隊も、V作戦に連なる"ガンダム"を運用している。程なく、データ共有の命令が下り、ジンはMSハンガーに向かった。

「キョウ・ミヤギ!ミヤギ曹長じゃないか。」
そこで、彼女と再会した。
自分でも、驚くほど明るく弾んだ声が出たことに、ジンは一瞬戸惑った。だが、表には出さない。どんな時も、望ましい同僚性を持った、模範的な軍人の化けの皮を脱ぐことはない。擬態は完璧に。ずっと、内なる狂気を隠し続けるジンにとって、それは自然な習慣だった。
「すまない、曹長。彼女はもう少尉だ。君よりも上官だよ。」
ミヤギとジンの間に、ミヤギの上官らしき士官が割って入った。ジンがデータを共有する予定のガンダムタイプの専任パイロットで、本来ジンが用事があったのはこの男だ。ミヤギに対する庇護欲のようなものを感じる物言いだったが、階級は、こいつも少尉だ。上官というわけではないだろう。だとしたら、考えられるのは……。
(キョウ・ミヤギの、男か。)
ジンは、直感した。男の肩越し、ためらいながらも、はにかむような、いじらしい表情のミヤギがいた。僅かに頬が上気しているようにも見えた。

(あいつ、女になったな。)
彼女が目の前の男と深く通じ合い、戦場で見せた純粋な鋭さを失い、生々しい”女”になったのだと理解してしまった。その変化に、ジンは言いようのない失望と、わずかな軽蔑を覚える。彼が心のどこかで守りたいと思っていた、孤高で穢れのない存在が失われたかのように感じたのだ。

「大変失礼いたしまいた。じゃあ、ミヤギ少尉、こっちは明日には出撃だ。お互い生きていたら、またゆっくり話でもしよう。」
再会を望むような言葉を口にしながら、生きていようとなかろうと、もはや会うこともあるまいと胸の中で一人ごちる。せいぜい、その男と共に、気だるいまどろみの中に身を焦がしていろ。俺とお前とでは、どうやら歩む道が違ったようだ。
ジン・サナダにとって、ジャブローで見せる人当たりの良い態度は、内なる破壊衝動を隠すための擬態に過ぎなかった。彼の本質は、ルナツーで燻っていたあの頃と何も変わっていない。
~~~~~~~~~~~~~~~

「何だ、随分親し気に話してたな。」
コンパートメントに戻ると、ハンガーで遠巻きにミヤギを見物していたトニーが勝手に入ってくる。
「ここは俺の部屋なんだが。」
「何言ってんだ、同じチーム、同じ階級のよしみだろうが。」
悪びれる様子もない。
「噂どおり、すっげえ美人だったな。頬の傷が気になったが、あれはあれでセクシーでいい。」
知らないよ、とジンは受け流す。本音としても、下世話な話は好きではない。
「で、何?知り合いなのか?」
「訓練校時代からの同期だよ。」
「よし、今晩飲むぞ。紹介しろ。」
「そこまで仲良くないよ。ちょっと懐かしくなっただけだ。」
「嘘つけよ。お前、お前があんな可愛い顔して笑うなんて知らなかったぞ。」
「可愛いってなんだよ……。」
安心しろ、男には興味はない、とトニーが笑う。やはり、こいつはどうも、俺の肚の内を見抜いていると感じる。
「明日には出撃だろ。飲んでる場合じゃない。」
言ってから、ああ、そうだった、とジンは、顔をあげてにこりと笑ってみせる。さっきから、どうにも鋭く踏み込んでくるトニーに、少しカウンターを喰らわせてやろうという気になった。
「彼女、男ができたみたいだよ。つけ入る隙なんてないさ。」

U.C.0079 12月3日。
地球連邦軍は、北米及びアフリカ戦線における、ジオン公国軍の残存地上戦力の大規模掃討作戦を通達。その発動を12月5日とした。
特務G13MS隊も、同月4日未明、北米に向け進出。ジャブローを後にした。
【#29 The beauty and the crimson beast / Dec.3.0079 fin.】

ジンとミヤギの関係、こんな風にするつもりなかったんですが、なんだかこじれましたね笑 主にジンが。と、言うか、ジンだけが笑
ジンの狂気がいいかんじに深まったと思うので、結果オーライです。ミヤギさんを絡めたら、一気にこんな話になりました。やっぱりミヤギさんにはストーリーを引っ張る力がある。
短い話が続く上に、全然MSが活躍しませんね、すみません。今回はホントにガンプラも出せなかったので、すみませんでした!!
次回はまた、赤い獣を派手に暴れさせます。あと、ナイトシーカーズも!デュークをもっと活躍させたいのです。

次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#30 Unknown
未知の、衝撃——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします。