【#27 Paranoia / Jan.17.0079】

昔から、恐竜が好きだった。
MSのパイロットに志願したのは、たぶん、いまだに抱えているその幼さのせいだ。
U.C.0079、1月17日。
まだ、訓練校を出て一年と経たない頃だった。ジン・サナダは、地球連邦軍空間戦闘機隊のパイロット候補生として、T4教導大隊の指揮下にあった。
基地の寄宿舎の談話室は、訓練を終えた兵でごった返していた。モニターには、捕虜になったヨハン・エイブラハム・レビル中将の姿が映し出されていた。ジオン公国軍総帥の、ギレン・ザビが、声を張り上げ、宇宙移民への選民思想を煽り、地球連邦政府を挑発するような、品のない演説を続けている。1週間戦争からルウムの戦で、一応の勝利を収めたジオン公国軍による、プロパガンダ放送だった。全地球圏に向けて、一斉に放送されているらしい。
やがて、画面が切り替わると、今度はジオン公国軍の新型軌道兵器、MSの映像が映し出された。MS-06ザクと呼ばれる、その鋼鉄の巨人は、宇宙空間を縦横無尽に疾走し、連邦の宇宙艦隊やスペースコロニーに猛攻を仕掛けている。

そのMSの姿が、ジン・サナダ曹長の心臓を鷲掴みにした。
故郷のサイド2・アイランドイフィッシュは、ジオンのコロニー落としの作戦で壊滅し、地球を破壊する凶器として、ジオンに利用された。コロニーにいた家族は死んだ。今や天涯孤独の身の上だが、ジン・サナダは家族を奪われた憎しみよりも、画面に映し出されるMSの、凶悪さと冷徹さに心を奪われていた。ギラついたモノアイをぎょろぎょろと動かしながら、戦場を這い回る、棘だらけの無骨な姿は、子どもの頃に憧れた恐竜の、あの獰猛さや凶暴さと似ていた。
「気を確かに、ジン・サナダ。」
食い入るように画面を見つめる自分に、同期の女性パイロット候補生が声を掛けてくる。涼やかで冷静な声だが、僅かに震える言葉尻から、まだ収まりきっていない動揺がはっきりと伝わってくる。この女の故郷のサイド5だって、戦乱に巻き込まれてどうなっているのかわからないのだから、当然だ。さっきまではその、美しい琥珀色の瞳の瞳孔を開き、そんな、と、声を震わせていたくせに、故郷を失ったジンのことを気遣っているのだろう。
「大丈夫だ、キョウ・ミヤギ曹長。」
家族や故郷のことより、パイロットになろう、と、その時はっきりと決意した。そして、自分は異常者なのだろう、とも自覚する。そのことに、悲しみも、寂しさもない。
今度は、自分がMSに乗る。
そして、全てを叩き壊してやる。

幼い頃に観た恐竜映画の、T-レックス。パニックの最中、善も悪もなく、ただ、本能が赴くままに、獰猛に牙を振るうだけの、圧倒的な存在。シリーズを通して、地上の覇者であり続けた、奴のように、俺も……。
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ジオンに兵なし。
U.C.0079、1月31日。虜囚の身から、奇跡的に生還を果たしたレビル将軍の演説を受け、地球連邦軍は再び反撃の狼煙をあげることになる。
4月には、連邦軍もMS開発を始めたと噂が走った。教導大隊でも、すぐにMSへの転科訓練が開始された。ジンは、迷いなくMSパイロットに志願した。
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U.C.0079、10月。
地球連邦軍ジン・サナダ曹長は、ルナ2基地へ赴任。特務MS隊への配属辞令を受け、新型MS開発に向けたテストパイロットに任じられた。パイロット適性が抜きん出て高く、神速とも呼べる反応速度と、鋭い判断力を評価された結果だった。
(新型がなんだ。それよりも早く、俺を戦場に出せ。)
渦巻く衝動は、胸の内に仕舞い、ジンは極めて冷静に、常識的に、模範的に振る舞った。上官の命令には従順に応じ、同僚には笑顔で気遣い、声を掛ける。そうだ、教導大隊で一緒だった、同期のあいつのように。彼女も、自分に負けず劣らず腕のいいパイロットだった。狙撃の腕だけは、結局最後まで敵わなかった。

「先ほどの機動、やっぱりさすがです、ジン曹長。」
自分より、半月ほど遅れて、同期のライバル、キョウ・ミヤギ曹長がルナ2に赴任してきていた。
「あれだけの急加速の後なのに、滑走路への着陸が柔らかかった。あれは、どういう……?」
確かに、ミヤギは教導大隊にいた頃、よくガツンガツンと機体を激しく地面にぶつけていた。狙撃を得意としていたが、格闘戦も割と得意で、どうにも荒っぽい操縦をするところがあった。
「一度思い切りふかして加速した後は、慣性をうまく利用すればいい。バーニアも小刻みに、細かくふかせばああなる、と思うよ。」
「慣性といわれれば、あの軽やかさはよくわかります。」
「君は最後まで力一杯やって、ぐいぐいくるからな。だから、すぐぶつけるんだ。」
そこまで言うと、まあ、それが君らしいのだが、と、ふっと微笑んでから付け加えた。こうしておくと、率直な指摘でも、角が立ちにくい。だが、そういうジンの気遣いも気にすることなく、なるほど、とミヤギはひとりで感心している。まっすぐぶつかってくる操縦が、こいつの素直な感性を表していると思った。学生時代はソフトボールのエースだったというが、たぶん、”決め球はストレート”というタイプだろう。
ミヤギは、もう2週間もすれば地球に降り、1G下での適応訓練を行う。
なぜ、俺ではなく、こいつが。
ジオンのコロニー落としで、地球の人口の半分が死に絶えたと言う。今も、地上では、あの小さな球の上、所狭しとあちこちで殺意と恨みをぶつけ合っているのだろう。そういうことを想像すると、ジンには人々の邪悪な思念が、成層圏を抜けて、この静かな宇宙にまで漂ってくるように感じられる。
ミヤギのような、こんな、まっすぐな優等生が、重力の井戸の底、怨嗟渦巻く地獄のような戦場を、生き延びられるというのか。

(俺を、戦場に出せ。全部、ぶっ壊してやる。)
そうだ。
俺なら、怨みも憎しみも、まとめてぶっ壊してやれる。
早く、戦場に出たい。その衝動を、言葉ではなく、MSに託す。ジンは機体のスロットルペダルを思い切り踏み込んだ。
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ジン・サナダのそういう破滅的で衝動的な願望は、U.C.0079,12月に、ようやく叶えられることになる。
極秘開発が進められていたガンダムタイプMSを受領し、G13特務MS部隊への配属辞令を受け、ジン・サナダ曹長は地球、ジャブローに向けて降下した。

【#27 Paranoia / Jan.17.0079 fin.】

他の投稿サイトの方で、"ミヤギロス"なんてコメントを頂戴したのですが、第2部終わっちゃって、わたしがミヤギロスなので、ミヤギを登場させてしまいました。ミヤギ出したら、最初に書いていたものの、1.3倍くらいになってしまいました笑
やっぱり第2部が膨らんだのは、ミヤギさんのせいみたいです笑
ジンはあと数話、もうちょっとだけジャブローにいてミヤギとニアミスしてるので、またミヤギの出番があるかもしれません。22部隊も、北米戦線の後方予備戦力になる予定ですし。まあ、でも、第3部の主役はジン・サナダですし、ヒロインも、別に登場予定です。よろしくお願いします。
次の展開がどんどん降りてきた第2部と違い、今回はストーリーもちょっとローペースで、きちんとしたカタルシスを形作れるか不安もありますが、キャラクターたちと相談しながら進めて参ります。引き続きお付き合いいただければ幸いです。
あと、今回G3ガンダムに乗ってますが、専任というわけではなく、何人かいるテストパイロットの1人です。ジムの試作機とか、色んなのに乗ってると思います。
ジンの愛機は、G3ガンダムではありません。
G3ガンダムの出番は今回で終わりです。
今回はバンダイの背景シートを多用しています。 ちょっとズルしちゃったな、と思っています。すみません。
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次回、
MS戦記異聞シャドウファントム第3部
#28 ◼️◼️◼️◼️◼️
赤き獣が、解き放たれる——!
なんちゃって笑
今回も最後までお合付き合いくださり、ありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。