(今日は、ちょっと疲れたな……。)
割としつこいメディカルチェックを受け、エマ・ドレイクと目いっぱい遊んだ後、コンパートメントに戻ったものの、なんとなく所在なく、ハンガーに来た。ジムのコクピットシートにもたれながら、ミヤギは物思いに耽る。一応、手元では、機体のOS調整のためのデバイスを起動させてみる。戦場の方がよほど疲れるはずだが、砂漠の野営地とは違う清潔な人工物に囲まれていたり、小さな子どもと遊んだりと、久しぶりの”日常”が、かえって自分を緊張させたのかもしれない。
(イギー少尉の奥様、とても好い人だったな。)
夕飯までごちそうになってから、ハンガーに来た。本当に、イギーのことをよく分かっている様子で、落ち着いた、優しい態度だった。イギーより二つ年上だと言うが、二人は対等な様子で、互いを尊重し合っているというか、愛し合っているのが感覚としてよく分かる。
「いいなあ……。」
イギーも、その妻も、自分と大して変わらない年だというのに、あと数年で、あんなに成熟した人間関係を、他人と築ける自分が想像できない。やはり、ソフトボールの選手だったときのように、作戦の中で自分の役割を、ただ無心に果たしていく方が、自分には性に合っているのか。
そういう、日常と乖離してしまっている自分の感覚を、もしかしたら悲しく思ってしまったのかもしれない。今日の疲れの原因は、きっとそれだ。
いっそ、飲酒でもしてみようか。”やけ酒”というやつだ。
(お酒か。)
サラサールでの出撃前の、ハンガーに向かう道を思い出す。
(今日は、みんなと遊ぶのは無理か。)
ベルベット作戦最後の出撃の前、生き延びたらジャブローで、三人で、朝まで飲もうと約束した。だが、さすがに今夜は、イギーは家族水入らずですごすだろう。そして、ヘントは……

(なんで喧嘩しちゃったかなあ……。)
気掛かりなのは、とにかくヘントだ。
ベルベット作戦の戦いの中、確かに、心が通ったと思った。命令違反を冒してまで、自分の危機に駆けつけてくれた。出会った頃の彼なら、そんなことはしないはずだ。昨日の自分が、ヘントに向かって最後に放った”決め球”、「ヘント少尉はわたしを愛しておいででしょう」という確認は、ベルベット作戦で自分が提案した”シングルモルト”戦法よりも、よほど慧眼だったと思ったのだが、どうやら不発に終わった。その上、ヘントとの関係をぎくしゃくさせてしまった。大暴投もいいところだ。
(でも、やっぱり、悪いのはヘント・ミューラーだ……。)
さっきの、ジン・サナダへの態度はなんだ。あからさまな嫉妬ではないか。わたしは、はっきりと好意を伝えたというのに、不安ならば、しっかりと応えてくれればいいのだ。違うか。決め球はストレートなどと格好をつけて、最後の最後に微かな変化球を混ぜたのは、自分だ。彼には悪手だった。
もういっそ、顔の傷のことを理由に、責任を取れと迫ってみるか。いや、さすがにそれは卑劣か。それをやってしまえば、彼はきっと“責任”を取る。そして、それは、愛情ではなく義務感だ。ドレイク夫妻のような、対等で尊重し合える関係にはならないだろう。
さっきから、いや、今日はもう、日がな一日、思考は堂々巡りだ。忘れられたのは、エマと遊んでいたときくらいだ。さっきから、デバイスを操作する手もまったく動いていない。
「これは……重症だな。」
思わず、言葉が漏れる。
「どうした、メディカルチェックの結果がおもわしくなかったか?」
開け放たれたコクピットの向こうから、慌てたような声が飛び込んできた。ヘントだ。瞳孔を開き、心配そうにこちらを見ている。
ミヤギは、へ?と、間抜けな声をあげてしまった。

「しょ、しょうい?」
「どこだ、どこが悪い?それとも撃墜時に怪我でもしていたのか?すまん、俺が手荒なことをしたせいか?」
早口にまくしたてながら、コクピットの中に上体を乗り出してくる。
「あ、いや、違います!大丈夫であります、何も、問題ありませんでしたから!」
掌を見せながら、顔の前で両手を振る。
「本当か?顔も赤い。熱でもあるのか?」
心配そうな顔で、まっすぐこちらの顔を見つめてくる。
(意外と、綺麗な瞳の色をしている……。)
ミヤギは、自分の姿が映る瞳に、一瞬、見惚れた。
駄目だ、完全に、惚れているのは自分の方だ。
ミヤギは視線に耐えられず、うつむき、シートの奥に体を押し込むように縮こまった。
「違います、少尉……わたしは……」
もう、勝負だなんだと意地を張らずに、言ってしまおう。ミヤギがそう観念仕掛けた矢先、
「待て、言うな。」
ヘントが言葉を遮る。
「君は嘘をつく人間ではない。君が大丈夫というなら、大丈夫なんだろう。なら、たぶん、言わんとしていることは分かった。」
ヘントは、ハッチ口の淵に乗り上げ、ぐいと体を寄せる。

「ち、近……」
すまん、と謝罪を述べるが、今日のヘントは遠慮がない。
「き、今日の少尉はぐいぐいきますね……。」
「ああ、この間の君に倣うことにした。」
まっすぐに見つめたミヤギの瞳を捉えたまま、ヘントにしては珍しく、はっきりとした口調で応じる。
「それと、ジン・サナダ曹長に。」
は?と、思わず不機嫌な声をあげる。
「彼は、関係ないでしょう。ただの同期です。」
この局面で、まったく、この男は。
「あなたがわたしとのことで、アホみたいに躊躇っているのは分かります、あなたは、だって、そういう人だし、だからというか、わたしは……だから、ちゃんとお待ちしようと……でも、何を躊躇う必要があるのかも……うん?そ、それも分かるのですが……いや、違うな……」
感情だけが先走り、うまく言葉にならない。
「……でも、わたしが欲しい言葉は、あなたからしかもらえないと……それくらいは伝わっていると思っていました。」
「よし、なら、問題ないな。俺は君と違って狙撃は上手くない。よく狙いを外すからな。」
さて、と、一息つくと、表情を引き締める。
「勝負の続きだ、キョウ・ミヤギ。」
真剣な顔つきのヘントを、3秒、唖然と見つめる。直後、声をあげて笑い出す。
「なんだ……おかしかったか。」
「おかしいですよ。おかしいです。」
思わず、涙が出るほど笑った。人差し指の背で、涙を拭うと、ニッと笑う。
「いいでしょう、今度はちゃんと受けてくださいよ。」
「了解。」

ヘントは、目元と口元を引き締め、ミヤギを数秒見つめる。
何を言うのか。
何を。
どんな、言葉を、くれるのか。
ミヤギは、心臓がうるさいほど高鳴るのを聞いた。このまま破裂してしまうのではないかと心配になる。
ヘントの唇が、微かに開いた。そこから発される言葉に耳を澄ますよう神経を研ぎ澄ましたが、不意に、彼の顔が間近に迫る。

「……っ」

ミヤギは、一瞬、宇宙を見た。”シングルモルト作戦”で先鋒を務めたときと同じ、稲妻が目の前を走る感覚の後、そのまま、ヘントの唇が重なってきた。

目を見開いて、体をこわばらせた後、ミヤギはゆっくりと力を抜き、うっとりと瞳を閉じた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……それで、肝心なことは言ってくださらないのですか。」
数秒だったのか、数分だったのか定かではないが、さっきよりほんの少しだけ離れたところにある顔に、上気した顔で聞く。さっきより離れた、とは言え、額と額が接するほどの間近にあることは変わりない。
「やっぱり、言った方がいいか。」
「サラサールでそう申し上げました。」
数秒の沈黙の後、わかった、と、観念したように言うと、ヘントは唇をそっとミヤギの耳元に近づけた。本当にささやかな声で、ミヤギの待ち望んでいた言葉をそっと届ける。ミヤギは、顔いっぱいに少女のような笑顔を浮かべると、ヘントを思い切り抱きしめた。
U.C.0079 12月。
キョウ・ミヤギの猛攻の前に、ヘント・ミューラーの朴訥なる心境は、ついに陥落せしめられた。ミヤギは、イギー・ドレイクのような幸せな家庭を一瞬夢見たが、その実現は、実に、U.C.0088まで待たねばならいことを、この時の二人は知る由もなかった。
ただ、これをもってひとまず、二人の攻防は、平和的な決着を見たと言っていいことを、読者には伝えておこうと思う。
【#AfterMISSION Fallen battle or fell in love fin.】
「降参だ。君を愛している、キョウ・ミヤギ。」

次回、
secret mission
キスシーンだけは、AIに描き直してもらいました。
さらにその後のお話は、こちらです。
※[R-18]です。ご注意ください。(アカウント作成が必要になります。)


