#AfterMISSION Fallen battle or fell in love

 キョウ・ミヤギ少尉が、決め球のつもりで放った渾身のストレートを、ヘント・ミューラー少尉は見事に見送った。ボール球ではなかったはずだ。あの男は、ストライクゾーンど真ん中のストレートを、情けなくも見送ったのだ。
 いや、本当に、渾身のストレートなら、わたしはヘント少尉を愛しています、が正解だったのか。だが、それは悔しい。それこそ旧世紀的な感覚かもしれないが、そこはヘントから言ってほしいと思う。
(具体的な返答は待ってくれ。今後も部隊を組む以上、この私情は任務に影響する。)
そこまで言って返事を遅らせる理由はなんだ。既に、私情で命令違反を冒し、営倉入りまで果たした男がいう台詞ではない。

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「君たちねえ、仲直りしたんじゃなかったの。」
ジャブローに向かう航空輸送機の中、何故か一言も会話をしないヘントとミヤギの間に挟まれた、イギー・ドレイク少尉は呆れ顔で言う。
「ヘント少尉が、わたしとの真剣勝負をお受けになれないということですので、大変遺憾に思っております。」
 ふくれ面で言うミヤギと、それでも何も話さないヘントの間で、イギーはやれやれと肩をすくめる。
「ブライトマン少佐じゃないけど、ティーンの学生じゃないんだからさあ。」
「ミヤギ少尉は、数か月前までティーンの少女だった。」
ようやくヘントが口を開いた。イギーもミヤギも、なぜそこに反応するという驚きを隠せない表情で、ヘントの横顔を見た。
「そうですね、皆さんから見ればわたしは小娘にすぎませんね。」
「そういうことは言っていない。」
ヘントはミヤギの方に顔を向けるが、今度はミヤギがそっぽを向いた。

「大人のヘント少尉は、わたしのような子どもとは、まともに向き合うのがばかばかしいということでしょう。身の程を知りました。大変失礼いたしました。」

「おい、そうじゃないだろう。俺は別に……。」
「あの、ホントに……痴話喧嘩ならせめて、お隣同士でやってくれませんかね。」
 二人の間に挟まれ、イギーは深々とため息をついた。
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「イギー少尉のお子さんて、娘さんだったんですか!?」
 航空機のドックまで迎えに来ていたイギーの家族を見て、ミヤギは驚きの声をあげた。聞いていた年齢は、4歳だったはずだ。ふくよかな頬の、愛らしい女の子が、目を輝かせながらこちらを見あげている。
「どういうことだ。」
生意気なクソガキを想像していたな、と、イギーは毒づいたが、飛びついてきた娘を抱きかかえると、でれっと表情を崩した。
「おかえり!」
「ただいま。いい子にしてたな。」
普段のイギーとは、似ても似つかない優しい声だ。抱き締めた娘の頬に、噛みつくように唇を寄せては、非難の声を浴びせられている。イギーの妻が、お世話になっています、とヘントとミヤギに頭を下げる。何となく、肝っ玉母ちゃんというタイプを想像していたが、素朴な感じのする女性だった。
「大きくなったな、前にあったときはこんなだったのになあ。」
 ヘントも、しゃがんで子どもに目線を合わせるが、大して相手にされない。イギーの娘は、ミヤギの方をじっと見つめている。
「ヘント、このおねえさんはだあれ?」
「ヘントおじさんのカノジョだ。」
ヘントの代わりにイギーが笑いながら応える。
「カノジョってなに?」
「奥さんになる人。」
イギーの説明に納得したらしく、よかったね!と満面の笑みを浮かべ、ヘントの肩をバシッと叩いた。やはり、イギーの子だ。
「少尉!」
ミヤギの非難の声も、誰のことだ、俺らはみんな少尉だとイギーは笑って流した。
「ほら、ちゃんとお名前、言って。」
うん、と頷き、少女はエマ・ドレイク、4さいと名乗った。
「エマちゃん、はじめまして。わたしはキョウ・ミヤギ少尉です。」
「おねえさん、かわいいね。」
エマは、照れているのか、小さな声で言う。ありがとう、とミヤギが言って笑いかけると、一歩近づいてくる。
「抱っこしても?」
「してもらえ、ほら。」

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 ミヤギが抱き上げると、エマは頬をぺたりと合わせてくる。さらさらで、柔らかく、何とも言えないいいにおいがした。
「子どもはいいだろう?」
イギーが得意げに言う。
「最初は、こんなに小さいんだ。ホントに。50cmくらいしかない。こうやって抱き締めてやると、俺らの仕事がホントに馬鹿馬鹿しくなるよな。」
「おとうさん、ぜんせんかえってこないんだから!」
エマは、父親への不満を、ミヤギに訴えた。ミヤギのことを一目で気に入ったらしく、がっしりとしがみついて腕から降りようとしない。
「なあ、だからお前も、さっさと所帯を持って除隊しちまえ。植物観察官にでもなって、地球文学とやらを謳歌しろよ。」
イギーは、ミヤギに聞かれると叱られそうなことを、ヘントにそっと耳打ちする。
 ヘントは、ううむ、と唸り、難しい顔をした。
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 一度、イギーの家族と別れ、配属の辞令を受け取りに、本部に赴く。エマが、ぜったいあそびにきてね!と、ミヤギに何度も念押しした。
「可愛かったですね。何かお土産買っていかないと……甘いもの、お好きですか?それとも、なにか、おもちゃとか……。」
浮き浮きした声を出すミヤギに、まあ、なんでも喜ぶさ、とイギーは軽く応じた。
「じゃあ、あれはどうですか?2人組の変身ヒロインのやつ。」
「まあ、たぶん好きだけど……ああ、なんかあの、髪の毛がバケモノみたいに長いお姫様の話が好きなはずだ。」
ああ、とミヤギは納得する。
 ヘントも、"髪の長いお姫様"のキャラクターに心当たりがあったが、"バケモノ"というイギーらしい言い方が気になった。いつもならミヤギが突っ込むところだが、そんなことも気にならないほど、ミヤギもエマが気に入ったらしい。
「わたしも、そのシリーズのお姫様、子供の頃から好きなんです。わたしは、読書好きなプリンセスが好きなんですが……お話、合うかなあ。」
「……意外と少女趣味なんだな。」
 ヘントは思わず口にした。
「……悪いですか?」
 ミヤギが、不機嫌な声で応じる。".少女趣味"という言葉に、侮られていると感じたらしい。ミヤギの意外な趣味に、新鮮さと愛おしさを覚えただけなのだが、イギーもいる手前、はっきりと伝えるのは何となく憚られ、ヘントはいつものように、すまない、とだけ詫びた。
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  しばらくはジャブローの守備隊に配属という辞令だった。先月末の大規模空襲以来、”定期便”と呼ばれていた空爆もほとんど無くなったため、今回の転属は実質的な慰労だ。オデッサからこちら、ほとんど休みなく働いたことへの労いだろう。

 配属と共に、失ったガンキャノンに変わって、新型のジムを1機受領した。当面は、ミヤギがパイロットを担当するため、この後、ハンガーで初期調整を行う。その前に、ミヤギはメディカルチェックを受ける。ニュータイプ兵士に対する検査だと、ヘントは思った。
「特務G13MS隊、ジン・サナダ曹長であります。」
 ハンガーに行くと、ミヤギと同じくらいの若い下士官が駆け寄ってきて、敬礼する。
「ヘント・ミューラー少尉のガンダムを拝見したく参りました。我々の部隊もガンダムタイプを擁しております。部隊から運用データの共有を命じられております。」
「聞いている。では曹長、こちらへ。」
 ガンダムのハンガーまで案内しようとしたが、ジン・サナダ曹長はヘントの肩の向こうに視線を移した。
「キョウ・ミヤギ!ミヤギ曹長じゃないか。」
 若い下士官は、先ほどよりも少し高い、弾んだ声をあげた。ミヤギも、丁度、受領した機体を見に来ているところだった。
「ジン・サナダ曹長、ルナ2の特務隊に行ったのでは?」
「上での適応訓練は終わった。北米攻めのために、本当に数日前、地球に降りてきたところだ。」
親し気な会話が、ヘントの癪に触った。

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「すまない、曹長。彼女はもう少尉だ。君よりも上官だよ。」
「え?それはすまなかった。すごいな、一気に2階級もじゃないか。おめでとう。」
 さわやかな受け答えだ。好い青年なのだろう。
 ミヤギも、ありがとうございますと笑顔を浮かべ、素直に応じる。
「頬の傷は、さしずめ名誉の負傷か。教導大隊で君に憧れていた連中はこの戦争を憎むな。」
「22部隊に配属前に訓練を受けた同期です。T4教導大隊で一緒でした。」
 階級のことを理解しても尚、"同期"の態度を崩さないジン・サナダを軽く受け流し、ミヤギはヘントに説明した。射撃以外の操縦技術は、わたしよりずっと上です、と続ける。どんなに機嫌を損ねていていようと、ミヤギは嘘などつかない。自分への当てつけや、こいつとの関係性がどうということではなく、本当に腕のいいパイロットで、気心の知れた仲間なのだろう。
「そうか、同期として仲睦まじいのは結構だが、積る話は一度後に回してくれるか。まずは、ガンダムだ。」
「大変失礼いたしまいた。じゃあ、ミヤギ少尉、こっちは明日には出撃だ。お互い生きていたら、またゆっくり話でもしよう。」
 好い青年だ。それが、却って、ヘントの気に障った。いや、違う。女々しい自分に腹が立っているのだ。
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【To be continued...】