【#25 Bloom of youth or MIYAGI’s counterattack -2 / Dec.1.0079】
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「上官がブライトマン少佐でなきゃ、営倉入りくらいじゃ済まなかったな。」
 イギー・ドレイク少尉は、士官食堂で、対面しているヘント・ミューラー少尉に向かって、さも愉快な話のように語り掛けた。ヘントは、命令違反の罰としての営倉入りから、今さっき解放されたところだった。
 捜索に来た際、イギーは開口一番、この被撃墜バカップルが、心配かけやがって、と、心配しているのか、怒っているのか、茶化しているのか分からない気色と言葉をぶつけてきた。イギーは面白いやつだな、とヘントは思った。

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「捕虜にした、”血濡れの左腕”は?」
 ヘントは、自分が撃墜した”血濡れの左腕”のパイロットのことを尋ねた。
 アーサー・クレイグ大尉と名乗ったパイロットは、投降した際も堂々たる態度で、南極条約に則った処置を要求した。
 金髪碧眼のなかなかの美丈夫で、基地内のウェーブ(女性士官)たちの間で一時騒ぎになったという。
「何も喋らんし、喋らせる気もないだろう。ただ、やっぱり、オデッサでお前をやったグフは、あいつだったみたいだな。」
 自分で仇を討ったわけだ、とイギーは感心した。
 それよりも、あの時、彼を殺せなかったのはなぜだろうか。ミヤギの声が聞こえた気がしたが、あの時、ミヤギは気を失っていた。だとしたら、この男を殺してはならないと、自分の深層心理が働き掛けたのか。しかし、縁もゆかりもない彼に、なぜ——。

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「おい、お前、何やってるんだ。」
 イギーの声に、ヘントはハッと我に返った。
 なぜか士官食堂をうろついていた”キッド”に声を掛けたのだ。
「あ、ヘント少尉。営倉出られたんですね。オツトメ、ゴクローサマです。」
 愛嬌ある笑顔を浮かべて、近づいてくる。
「お前、いつまでも何してんだよ。お前の仲間はもう行っちまったじゃないか。」
 ヘントとミヤギが回収された地点の傍には、敵と”ロレンス”のザクが組み合ったまま、煙を吐いているのが発見された。敵のザクは、コクピットに深々とヒートホークが突き刺さっていたため、間違いなく戦死しているが、”ロレンス”のザクはコクピットハッチがはじけ飛んでいた。コクピットの中から濛々と煙と炎があがっていたと言うから、中からの爆発で吹き飛んだのだろう。おそらく彼も死んでいるはずだ。だが、”レバント解放戦線”の勇士たちは、”ロレンス”が生還して、再び指揮を執るものと信じているらしい。ジオンを追い払った今、何と戦うと言うのか、彼らは再び武装を整えると、連邦軍の幕営地を後にした。
「この土地は、昔から争いの絶えない場所ですからね。”ロレンス”が生きていようといまいと、彼らには関係ないんですよ。」
 おいらは、イチ抜けです、と”キッド”は笑う。
「だからどうすんだって聞いてるんだが。」
「少佐のお取り立てで、まあ、部隊の雑用程度に拾っていただけることになりました。」
 そのうち、軍属にでもなれそうです、と付け加える。この男のような器用な人間は、確かにどの部署でも重宝しそうだ。何より、その愛嬌が殺伐とした戦場の清涼剤になる。
「"これからは、地球のために戦います!"かっこいいでしょう。ふふふ。
「そうか。じゃあ、しっかり時間ができたわけだ。この間の防塵処理、あれ、よく分かんなかったんだ、今度ちゃんと教えてくれ。」
イギーが、気持ちのいい笑顔で言うと、もちろんです、と”キッド”は応じる。

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「そうだ、ジャブロー行けるぞ。」
 イギーの声が一段と明るく響く。
 22部隊の次の転属先は、宇宙になるのか、地上の別の戦線になるのか。アフリカ戦線も、中東は制圧したが、南アフリカに向けて、更に掃討戦を続けると言う。とにかく、一度ジャブローに入り、機体の整備やら、ニュータイプの検査やらを受けることになる。
「そうしているうちに、戦争も終わっちゃいそうですね。」
 ”キッド”が言うとおり、地上のジオンの勢力はほとんど一掃されつつある。ちょうど昨日、ジャブローにジオン軍の大規模空襲があったと言う。ジオンにとっての、オデッサ・ディと言うか、一大反抗作戦だったようだが、鉄壁のジャブローは抜けなかった。イギーも家族のことで気が気でなかったようで、昨日は気が立っていたらしい。無事は今朝、確認できた。
「よかったな、家族に会えるじゃないか。」
 ヘントは、心からそう思う。
「そうだな。あとは、あれだ、約束通り朝まで飲むぞ。」
 ただ、ジャブローの地下は暗くて陰気なんだよな、とイギーが言うのを聞いて、ヘントはずっと気にしていたことを口にする。
「ジャブローと言えば、ミヤギ曹長は。」
 営倉に入っている間、会いに来なかったのは彼女らしい気遣いだと思ったが、出てくる時はイギーと一緒に、自分を迎えてくれるものと思っていたのだ。
「まあ、一番の関心はそっちですよね、当然。」
 ”キッド”が茶化す。
「お前から行ってやるのがいい。」
 イギーは、ミヤギのコンパートメント(個室)のナンバーと、居住スペースへの道筋を、サッとメモに書いて渡した。
「それと、もう曹長ではなく、少尉だ。」

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 ”シングルモルト”を始めとする、中東での活躍が認められての、昇進だった。このままじゃ、あっという間に抜かれるな、とイギーは笑っていた。それも良い。"シングルモルト"の発案も、なかなかの戦略眼だった。仲間を思いやれる気持ちもある。彼女なら、自分たちより上等な指揮官になるだろう。

 考えているうちに、コンパートメントに着いた。
「ミヤギ……少尉。ヘント・ミューラー少尉だ。」
 ミヤギの部屋をノックしたが、返事がない。居留守だろうことは、容易に想像できたので、少尉、と呼び掛けながら、ノックを続ける。3回目の呼び掛けで、ばたばたと部屋の中を動き回る気配がした後、ようやくドアが開いた。

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 普段はハーフアップにまとめている髪の毛を、MS搭乗時のように一つにまとめているが、慌てて結ったのか、なんだかバランスがおかしい。急いで羽織ったらしい軍服も、襟が乱れている。なにより目を引いたのは、右の頬に貼られた大きな不織布だった。
「非番だったか。」
最初に口にするのがそれか、と、自分の気の利かなさを呪う。
「いえ、いや、非番、ではありますが。……あ、オツトメ、ご苦労様です!」
 ”キッド”の入れ知恵だろうか。ヘントは、くすっと笑う。
「時間、もらえるかな。」
「あ、はい。勿論です。」
「士官食堂で待っているよ。ちゃんと待っているから、準備してから来ると良い。ゆっくりでいいよ。」
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 食事を乗せたプレートを持って、ミヤギとヘントは向かい合った席に腰掛ける。
「ヘント少尉は召し上がらないのですか。」
「すまない、わたしはさっき、イギーと済ませた。」
「そうですか。」
ミヤギは、やはりイギーと一緒に迎えに行けばよかったと、少し後悔したが、ヘントは気づかない。

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「その頬。」
 ためらいがちに、ヘントが口を開く。
「あ、ええ。少し深いですが、切り傷です。化膿や破傷風の心配もありません。」
「深いって、どのくらい?」
「痕は、残りそうですね。」
何と声を掛ければいいか、ヘントは分からなかった。すまない、は違う気がする。
「ご両親には、申し訳ないことになったな。」
「仕方ありません。軍属ですから。重要なのは命です。」
 ミヤギらしい返答を聞いて、せっかく、綺麗な顔なのにな、という言葉は、さすがに飲み込んだ。彼女の覚悟と責任感に対し、それはあまりにも不躾だ。
 ふと、ミヤギの目の前の食事に目を落とす。ミヤギの前には、こじゃれたカレーライスのプレートと、小さなパフェが並んでいた。連邦軍にはウェーブも多いので、士官食堂のメニューにもモダンなものが多い。
「やっぱり君、カレー、好きだろう。」
いつか聞きそびれたことを、また尋ねてみた。
「父が、よく作ってくれたので。自分も時々、スパイスから調理します。よろしければ、そのうち。」
 あまりに自然な提案だったが、なかなか踏み込んだことを言っていると気づき、ヘントはちょっと戸惑った。
「死線を越えて、一皮剥けたか。」
何のことです、とでも言いたげな顔をされたが、どう説明したものか、更に困ってしまう。

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「少尉はいつも言葉が足りないんです。ちゃんと言ってもらわないと分かりません。」
ふう、とため息をついたかと思うと、今度は伏し目がちにしょげ返る。そして、言葉を続ける。

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「……申し訳ございませんでした。」
 思った通りだ。さっき出てこなかったのも、イギーらと一緒に来なかったのもこの気掛かりがあったのだろう。
「”自分のせいで、少尉を危険に晒しました”かな。」
「そう、それです。」
 アイスコーヒーを一口すすって、少尉も、ニュータイプですか、と顔をあげる。忙しく顔色を変えるミヤギに、随分”ほぐれた”とヘントは思う。
「君の責任感の強さを知っていれば当然そう思う。イギーにだって分かるさ。」
言ってから、ちょっと失礼だな、と思った。イギーはむしろ、よく気づく方だろう。
「もう一つ言えば、顔の傷。わたしが気にすると思っていただろう。」
 沈黙が、肯定を物語っている。
 しばらくして、ミヤギが口を開いた。
「でも、少尉は罰をお受けになって、自分は……自分だけ、その……。」

「わたしが罰をうけたのは、わたしが自分で判断した結果だ。そして、君の昇進は、君自身の実力だ。」

そこまで言って、そうだったね、と呟く。
「おめでとう、少尉。最初に伝えるべきだった。」
「……ありがとうございます。」
礼を言われたが、どこか納得のいかない様子だ。
 その後、奇妙な沈黙が続いた。

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 沈黙に耐え切れず、ミヤギが口を開く。
「あの……話って、それだけですか。」
「ん?あ、ああ……そうだな……。」
 勢い込んで押しかけてみたものの、確かに何を話すのか、まったく考えていなかった。
 呆れた、という顔でヘントの顔を2秒ほど見つめた後、ミヤギはプッと噴き出した。
「少尉らしいですね。」
楽しそうに笑うミヤギから、ヘントはバツが悪そうに顔を逸らす。
「階級が並んだんだ、そうかしこまって話す必要はない。」
よくわからない提案で、その場を誤魔化す。他愛のない話でいいから、ただ、君と話したかった、と、言えばいいだけなのだが。
「では、ヘント少尉。聞いてもよろしいですか?」
「大して変わっていないじゃないか。」
「いいんです、あなたの方が年上な上に、先任なのですから。」
真面目な口調と発想は変わっていないが、確かに態度は砕けた気がする。
 ミヤギは、オデッサのブリーフィングルームで初めて会ったとき、超人的な長距離狙撃を、やれる、と確信をもって述べた時と同じように、涼やかな声で続けた。

 

 

 

 

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「ヘント少尉は、わたしのことを愛しておいでですね?」

 

 

 

 

 

 完全に予想外の逆襲に、ヘントはベルベット作戦発動以来、最大の衝撃を受けた。いや、これまでの敵味方の、どんな作戦・戦術よりも驚愕すべきものだった。"血濡れの左腕"の奇襲攻撃を遥かに上回る。
「ミヤギ少尉、それはちょっと、直球すぎやしないか。」
「決め球はストレートと決めています。相手がどんな球を欲しがっても。」
「待て、それは、ちょっと、心の準備が……!」

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「少尉!」
 テーブルの向こうから、ぐい、と上体を突き出す。
「ダマスカスで言ったはずです。わたしはニュータイプではありません。」
「いや、少尉の戦場での働きはニュータイプそのものだった。」
「そういう話ではありません、少尉!」
「なんだ、今日は随分ぐいぐい来るな。」
「心の中のことは、口に出さなければわかりません。口に出す必要がなくなるなら、わたしはニュータイプになどなりたくはない。だから、必要なことはちゃんと、言ってくださらなければ。」
参ったな、とヘントはたじろぐが、琥珀色の瞳から、目を逸らせない。ブライトマン少佐の言うとおり、彼女は案外したたかななのか。いや、違う。抜群に勝負強いのだ。このままではいずれ、自分は白旗をあげざるを得ない、と、ヘント・ミューラーは覚悟し始めていた。

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「負けませんよ、少尉。」
 ミヤギは、ニコリと笑った。

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 戦火が止んだ砂漠の空は、ただ、青い——。

 U.C.0079 12月3日。
 第22遊撃MS部隊は、制圧を完了したサラサール基地から、ジャブローへ転属。喪失したガンキャノンに代わり、RGM-79Cジムを1機補充。ジャブロー基地の守備隊に加わりながら、星1号作戦に向けて新設されるMS隊の教導任務に着任。その後、北米方面、キャリフォルニアベース奪還作戦の後方予備戦力に配置されるなど、小規模な転換を経たが、大規模な戦闘に加わらないまま、ジャブローにて終戦を迎える。
 終戦後、再度、アフリカのジオン掃討戦線に加わるも、戦闘状況にはならず、U.C.0081 2月をもって解隊された。
 また、ベルベット作戦で地球連邦軍の捕虜となった、ジオン公国軍突撃機動軍所属アーサー・クレイグ大尉は、空路を護送中の機体を、ジオン公国の襲撃を受け、行方不明となった。


【#25 Bloom of youth or MIYAGI’s counterattack -2 / Dec.1.0079 fin.】


MS戦記異聞シャドウファントム 第2部 ベルベット作戦編・完


















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