【#23 The last sand storm / Nov.26.0079】

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 キョウ・ミヤギ曹長は、目の前にいる“ロレンス“のザクが、再びジオンの識別コードを発したことに気づいた。
「危険です!」
『だからこそ、です。』
たしかに、敵が目眩しの砂嵐を起こしている今なら、ジオンの識別コードは最大の効果を発揮する。だが、同時に、味方に撃ち落とされる危険性も増す。敵も味方も視野がきかないのだ。
『それに、わたしはどうしても、あの男を自分の手で殺したいのです。』
まただ。この、明確で、鋭い殺意。他者に向けられたものでさえ、こんなにも刺々しいというのに、自分に向けられたそれは、痛いなどというものではない。ミヤギは、味方が奮闘している砂嵐の中に飛び込むことを躊躇していた。
『では、またお会いしましょう、”シングルモルト”の戦乙女(ヴァルキュリア)!』
“ロレンス“が乱戦の中に飛び込む。友軍に伝えるか、一瞬迷ったが、ただでさえ視界が悪い中で、“ロレンス“のザクを気にするなど不可能だ。
(彼、”ロレンス”も、覚悟していると言っていた。)
友軍には、敢えて伝えない。
 ”彼”でなければ、作戦のためにそういう冷徹な判断もできてしまう。ミヤギは、自分のそういうしたたかさに気づくと、少し冷静になった。開き直ったと言っても良い。左翼側から、さらに増援が来るのが、レーダーから分かった。
(まずい、本当に、これは——。)
ミノフスキー粒子のせいで、数まではわからない。が、いま正対すれば、激突する前に何機かは撃ち落とせる。格闘戦中の友軍への打撃を防ぐべく、ミヤギは敵が接近する方へ機体を前進させた。

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「自分からさせたのに、約束、守れないかもな——。」
 狙撃用スコープを覗く目が、涙でかすかに滲む。ヘルメットのバイザーをあげ、慌ててぐい、と拭い、照準を絞る。砂漠仕様でないザクが、5、6機と、先頭に、赤い航空機に乗ったグフがいる。"血濡れの左腕"だ。

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(まずは、あいつを——!)
"血濡れの左腕"に狙いを定めた直後、背後から迫る気配を感じた。自分を包み込むような感覚が、ミヤギの胸を満たす。

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『ミヤギ!』
 まさか——と、耳を疑う。極限状態の緊張が、幻を見せたのかとおもったが、待ち望んでいたその声に、ミヤギはせっかく拭った涙がまた溢れるのを止められなかった。
 自分の機体を飛び越えて、ヘントのガンダムがビームライフルを放つ。ガンキャノンと同タイプのライフルは、かなり遠くまで届く。まだ遠い敵の増援の1機に、ヘントの放ったビームが直撃した。敵陣が、崩れ、散開するのが見えた。

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『無事だな。』
「少尉、なんで!?」
『分からん、君に呼ばれた気がして、合流したが、どうやら正解だったらしい。』
 そんな、何の根拠もない理由で来たと言うのか。事前に打ち合わせた作戦も無視している。
「少尉……!」
出撃前の乙女チックな約束の履行に、軍人としての呆れと、先ほどまでの緊張と、妙な愛しさとがない混ぜになって、胸が詰まり言葉が出ない。
 ヘントに随伴してきたらしいジムも追いついてきた。ヘントは2機に、乱戦になっている味方の支援に加わるよう命じると、ミヤギに通信を送った。
『あの増援は我々でやる。いいな。』
「了解。」
体に、力が満ちるのを感じる。今なら、見える。感じる。
「"血濡れの左腕"がいます。」
『よし、空からの奇襲に気をつけろ。』
機体に警戒姿勢を取らせながら、短く打ち合わせる。ガンキャノンも、ガンダムも、肩に担いだ銃器で十分対処できる。
『曹長はそこから狙撃を続けろ。"シングルモルト"の先鋒は俺がやる。』
そう告げると、ヘントはバーニアを噴射して、敵陣に斬り込んで行く。
(死なせない——!)
ミヤギは、また目元を拭ってスコープを覗く。もう、涙は流れていない。
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(トマスめ、キャノンと引き離された。)
 砂塵の中、元部下のトマス・オトゥール中尉のザクに行手を阻まれ、ハリソン・サトー少佐は歯噛みしていた。
 トマス中尉は、ブリティッシュ作戦から、地球降下作戦、そしてこの中東の制圧戦までを共にした部下だった。中東制圧の仕上げの、バグダッド制圧戦の最中、機体ごとMIA認定していた。戦死したものと思っていたが、機体ごと出奔していたということか。

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 MS戦が巧かった。今も、こちらの砂塵を逆に利用し、巧みにこちらの機体にダメージを与えている。加えて、連邦軍の量産機"のっぺらぼう"どもも、なかなか勘がいい。ジオンの識別コードを使っているはずの、トマスのザクを撃つような下手を打たない。
(ニュータイプは感染するとでもいうのか。)
増援でやってきたMS。あれは噂の"ガンダム"ではないか。例のキャノンと、たった2機で、アーサーの連れてきた増援を防いでいる。
「いや、単なる性能差か。」
ぬっ、と、砂煙から敵機が現れる。モニターには、ビーム兵器の携行を告げる表示が示される。
「だから何だ!」
敵が撃つより前に、こちらの弾薬を叩き込む。敵があげる爆炎が、また新たに目眩しの砂塵をあげる。
 1機でも、サラサールに辿り着く敵機を減らしてやる。それが、ハリソンに残された、最後の意地だった。
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【To be continued...】