【#21 Overload / Nov.25.0079】

「来たな。」

 空を割くエンジン音を聞く。見上げた先、ミデアの編隊が見え、ラッキー・ブライトマン少佐は思わず呟いた。

 間に合った。この装備を最短の空路で受け取るために、ルトバ制圧を急いだのだ。

「……で、曹長はそれでいいんだな?」

はい、と、短く明確に答える女傑に、ブライトマンはやれやれとため息をついた。

「まあ、合理的な提案ではあるがね。でもこれ、お前さんが単に、あいつを心配しているだけだろうが。」

「自分の提案には、作戦遂行に向けた合理的判断以外の他意はありません。」

「当たり前だ。そのせいで今から上への言い訳を考える俺の身にもなれ。なんで若い奴らの仲人みたいな感覚でやらにゃあならんのだ。ここは軍隊だぞ。」

口に出した内容とは裏腹に、楽しそうな口調だ。

「ですので、自分には合理的判断以外の……」

「分かった分かった。ほら、命令書を書き換えた。お前があいつのとこまで持っていけ。」

茶封筒を手渡すと、目の前のウェーブは、え、とたじろいだ。

「知ってるんだぞ、お前ら、ルトバに入ってから一言も口を聞いてないだろ。いいから行け。復命は要らん。」

爽やかに返事と敬礼をしてウェーブが去った後、ブライトマンはもう一度、やれやれとため息をついた。

「我らがジャンヌ・ダルクに、オトコがいちゃあならんだろう。」

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「あの機体の識別コードは、ハリソン少佐のコードじゃなかったな。」
 地面に寝そべっている"マスタング"を遠巻きに眺めながら、"キッド"が言う。以前、"ロレンス"がヘントに話した、敵の指揮官の手強い男は、また別にいるらしい。
「今回は"ロレンス"も出番を作れませんでした。すまなかったと伝えてくれと言われてますよ。」
「まあ、ミヤギ曹長が随分墜としたし、"物量戦"も久しぶりに機能したしな。サラサール攻めでは期待していると伝えてくれ。」
ヘント・ミューラー少尉もまた、戦線復帰が絶望的な自身の愛機を見つめていた。
「せっかく俺の機体をバラしてまで修理したのにな。」
後ろでイギーが、冗談ぽく笑って言う。
「ホントにお前は、墜とされるのが好きだよなあ。」
「ミヤギ曹長が聞いたら、またデリカシーがないと怒りますよ。」
などと言うが、"キッド"も面白がっている風がある。
「まあ、ガンダムの装甲は信用していたからな。今回は、死なない自信はあった。」
あっさりとした物言いに、イギーと”キッド”は呆れたような、感心したような、複雑な視線を送る。
「でもねえ、ミヤギ曹長に撃たせるっていうのは、ちょっと、酷いですよねえ。」
「ああ、それは俺でも分かる。お前、もし死んでたらどうするんだ。味方殺しなんて、一生忘れられない心の傷になる。」
それについては、反省している。
「だが、あの状況ではああするのがベストと判断した。曹長の腕なら、わたしを殺すこともないと分かっていた。その結論は変わらん。」
なんだかねえ、とイギーは今度は本当に呆れた声を出す。
「ところで、見たか?今朝着いたミデアの荷物。」
イギーの話し方が、少し興奮が混じる。
「新型のMSじゃないのか。」
「お、なんで知っている。」
「少佐から、ちょっとな。ただ、どんなのが来るのかは知らないが。」
「じゃあ、見てのお楽しみだ。今から組み立てるってよ。行こうぜ。」
こういうときのイギーは少年のようだ。ヘントとイギーは、連れ立って、仮設ハンガーへと向かった。

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「これは、もしかして……。」
 ヘントは組みあがった新型機を見上げ、息をのんだ。
「そうだ、”ガンダム”だよ。」
オデッサで乗った陸戦型とは、また違った印象がある。スラリとした手足が、本物の人間のようだ。白い装甲がまるで骨格標本のような不気味さを漂わせている。
 ガンダムは”白い悪魔”などと、ジオンでは呼ばれているらしい。その異名を納得させる凄味が、機体から感じられた。
「スペックも見たが、すごいぜ。先行量産の陸戦型とはパワーが違う。後で俺にも乗らせろ。」
イギーは、当然ヘントがパイロットを担当すると思っているようだった。イギーの中では、"ガンダムの担当はヘント"なのだ。
「いや、たぶんパイロットは曹長だ。」
 ダマスカスで、ラッキー・ブライトマン少佐が連絡していたのは、この機体のことだろう。昨日の”シングルモルト作戦”での働きを見ても、より高性能な機体にミヤギが乗るのは妥当な判断だ。
「違います。乗るのは少尉です。」
 いつの間にか、傍らに来ていたキョウ・ミヤギ曹長が言う。指令書です、と、ミヤギは茶封筒をヘントに渡す。”シングルモルト作戦”で自分を撃たせたことが相当堪えたのか、酷く刺々しい口調だ。制圧したルトバの基地に入ってからミヤギは一言も口をきいてくれなかった。随分久しぶりに声を聞いた気がした。
「少佐は、君のためにこの機体を調達したようだが。」
言いながら、受け取った茶封筒を開封する。確かに、ヘント・ミューラー少尉を”RX-78[G]E/ガンダム陸戦強襲型”の専任パイロットとする旨が記されていた。
「自分はキャノンの方が慣れておりますので、辞退いたしました。」
それと、と部隊に着任したばかりの頃のような、事務的な口調で続ける。
「少尉は撃墜されるのに随分とお慣れのようですが、三度目の正直ということもありますから。少しでも性能の高い機体でご自身のことをお守りになるのがよろしいのではないかと。」
ぴしゃりと言って、踵を返した。
 参ったな、と、ヘントは頭をかく。随分とお冠だ。
「あれは……心配してるって、ことですよね?」
 ”キッド”が、半ば唖然としながら言う。
「こういう時、カミさんなら、怒りが静まるのをそっと待つのも手だが」
妻帯者のイギーが得意げに語りだした。
「お前たちの場合は、しっかり話した方がいいな。明日には出撃だ。余計な憂いは戦場に持ち込むなよ。」
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「曹長、キョウ・ミヤギ曹長、ちょっと待ってくれないか。」
 ヘントは、華奢な背中を追いかけながら呼び掛ける。おい、痴話喧嘩か、と、楽し気な野次がどこからか聞こえてくる。
「ファーストネームで呼ぶのはお控えくださいと、最初に言ったはずです。」
ミヤギは、振り返りもせず腕を大きく振って、歩速をあげる。
「待て。」
ヘントは小走りに追いつくと、ミヤギの肩をぐっと掴んだ。
「このままでは今後の作戦行動に支障を来す。思うことがあるのなら、はっきりと言え。」
 ”競歩”は終わったが、振り向いたミヤギは、キッとヘントを睨んだ。
「"このままでは"!”作戦行動に”!”支障を来す”!!はい、おっしゃるとおりです!!」
声の震えに、明確に怒りがにじんでいる。
「あなたは、わたしの……いえ、そうですね。ヘント少尉は責任感のある軍人でいらっしゃいますから。」
「だから、何だと聞いているんじゃないか。」
ヘントも、柄にもなく声を荒げる。
「わたしは……!」
 何かを言いかけて、ミヤギは唇を噛んだ。うるんだ瞳の端に、涙が浮かんでいた。
「……情けなく思います。先の作戦で、少尉が抑えた敵機は、確かにあの場の指揮官であったと、わたしにも分かります。"マスタング"とガンキャノンの性能や、わたしや少尉の状況も包括的に判断して、あのときのご指示がベストであったことは明白です。」
うつむき、口にしたのは、先ほどまでとは打って変わった素直な返答だった。やはり、作戦中のヘントの意図は伝わっていたのだ。
「情けないんです。他の仲間なら、こんなに動揺しなかった。そういう自分を自覚して……そんな、覚悟で入隊なんてしていないのに、学生のような自分に……」
 そのまま、両手で顔を覆い、しくしくと泣き出してしまった。すれ違う整備兵たちが、目を丸くして振り返る。

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「他の仲間だって、みんな、大切なんです。でも、他の仲間なら、と思ってしまう自分が……わたしは、許せなくて……。」
 小刻みに震える細い肩を見て、ヘントはこの小さな身体で、あの作戦を引っ張った曹長の胸の内を思った。軍人とは言え、ミヤギはまだ二十歳を迎えたばかりの乙女なのだ。
「曹長は、優しいな。」
 ヘントの呟きに、違います、とミヤギは震える声で返す。
「すまなかった。曹長の腕と、”マスタング”の装甲を信じていたからこそ出せた指示だ。そのことは説明せずとも曹長には伝わると信じていたし、君の覚悟ならば、ためらいなく撃てるだろうと思った。君の覚悟と胆力に甘えた、わたしのミスだ。」
すまなかった、ともう一度告げた後、涙を拭け、と、ヘントはミヤギにハンカチを手渡した。ハンガー中の、もしかすると基地中の視線を集めているかもしれないこの痴態を、ヘントは自覚しつつも、ミヤギが泣き止むまでもう少し付き合おうと覚悟した。
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『派手にやったな、プレイボーイ。』
 いつもの調子のイギーの声が、通信機から聞こえる。何のことだ、とヘントはとぼけて見せた。
「プレイボーイはマーク曹長のコールサインだ。」
そういえば、イギーが言い出したコールサインは、結局誰も使っていない。
『やるようになったな。今晩あたり、二人で飲みに行け。』
「明日は出撃だろう。真面目にやれ。」
 受領したガンダムの試運転を兼ねて、イギーと模擬戦を行うために、機体をハンガーの外に出した。十分な慣熟訓練は行えそうもないが、それでも少しでも機体に慣れておきたい。
 高性能機なら、ミヤギが受領するのが当然と思っていたが、今日受け取った機体で明日実戦という、過密すぎるスケジュールを考えれば、実戦での経験値が上回る自分がパイロットに指名されるのも頷ける。ミヤギの、ガンキャノンに慣れているから辞退したというのは本当だろう。ミヤギのために受領を急がせたブライトマンが、後方にどう言い訳をするのか、あるいはしたのか。多少気がかりではあるが、それは佐官の当然の仕事だ。
(出力・推力は、陸戦型より確かに高い。だが、何だろう、この感じは……。)
 パワーだけではない。機体の動きや操作性が、より生物的というか、反応が良い気がする。
(俺も、”ガンダム”の噂や伝説に騙されているのかな。)
 中破した機体の改修機である”マスタング”は、どこか操作性が重く、スペックほどの性能を発揮していなかったとも思える。これまでの操作性へのストレスが、よく整備された新型機の反応を、より快適に感じさせているだけかもしれない。
 左腕に携えたシールドが、やや重く感じるが、盾が大きいというのは気に入った点のひとつだ。幼い頃、21世紀の映画で見て憧れた愛国ヒーローも、盾が象徴的なキャラクターだった。

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『よし、かかってこい。』
「了解——いくぞ。」
 イギーの声を聞いて、スロットルレバーを引いて機体を前に突っ込ませる。
 グンっ、と思った以上の加速とGが掛かり、機体が勢いよく踏み出す。
『うわっ、お前、もう少し加減しろ!』
すまん、と謝罪を述べながらも、やはり、この機体は違う、とヘントは思った。
(”ガンダム”は、やはり、魔力を持った機体なのか……。)

【To be continued...】