画像
 

【#16 Guerrilla soldier / Nov.20.0079】

 

 現在、第22遊撃MS部隊を含んだMS師団が進む渓谷は、先日ディーン中尉率いる第18MS中隊が、敵のゲリラ攻撃を受けた地点に近い。キョウ・ミヤギ曹長は、愛機のガンキャノンを、岩場を跳ねるように先行させながら索敵に勤しんだ。ガンキャノンのセンサーとカメラが、一番遠目が効くということで、ミヤギ曹長自ら突出しての偵察を提案した。
 高地の岩場に機体を立たせると、バーニア噴射の余波と自然風で、砂塵があがる。ちょっとしたことで砂埃が舞う、この砂漠の景色を、ミヤギは嫌いではない。ハイスクールまでエースを務めたソフトボール競技のマウンドを思い出すのだ。あの場所も、ちょっとしたことですぐに砂埃が巻き上がった。
 思えば、あの頃からそうだった。ボールを放れば、思ったところに、思ったとおりに球が走った。相手の顔色や、ちょっとした挙動から、次にどう動くか、どんな球が欲しいか、あるいは欲しくないかが分かった。MSでの長距離狙撃も、それに近い。集中すると、敵の姿がよく見える。どこに弾を放てば、どこに当たるか、"何となく"わかるのだ。
 MS訓練生だった頃は、同期や教官たち、皆から"ニュータイプ"だともてはやされた。しかし、ミヤギの実感は違う。アスリートたちがよく言う"ゾーンに入る"というものの方が、感覚的に近い。ジオン・ダイクンを始めとする、宇宙世紀の思想家たちが言う、ニュータイプは、宇宙という環境に適応した人類の革新だ。ミヤギの勘の鋭さは、経験の先で習得した技術に近いと思う。ただ、ミノフスキー粒子濃度の高い戦場の方が、その傾向が強いと感じる。
(誤解なく分かり合える人間が、ニュータイプと言うのなら……)
 ふと、思い浮かぶのは、上官のヘント・ミューラー少尉の顔だ。彼の、柔らかいものの感じ方や直感力こそ、むしろニュータイプに近いと感じる。どことなく言葉の足りない感じも、直感で分かってしまうからなのではないだろうか。
 自分の愛機とコールサインを”マスタング”と名付けた彼の感性を思った。彼が言う通り、馬という動物は、力強い美しさを持っている。と、同時に、人の思いを汲み取れるほどの優しさがあるとも言う。そして、野生馬のしたたかさだ。
 人を思う優しさと、鋼の巨人を駆る力強さ、そして、過酷な戦場を生き延びるためのしたたかさ。我々軍人の本懐を、ああいう言葉で表すことができる、彼の感性は、好ましいと感じる。
(何を、考えている、わたしは。)
ミヤギは、ぶるんぶるんと首を振ると、モニターごしの砂塵に目を見張った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

画像
 

 先行するガンキャノンが、バックパックのバーニアを小刻みにふかし、岩場をひょいひょいと登っていく。18mもあろう鋼鉄の巨人とは思えない、身の軽さと接地の柔らかさに感心させられる。
『あいつは天才だな。』
イギー・ドレイク少尉も舌を巻いた。
「そう言ってあげればいい。曹長がお前を見る目も、少しは変わる。」
『素直に褒める女はカミさんだけと決めてる。』
その感覚は生きづらくなりやしないか、と思うと共に、イギーらしいな、とヘント・ミューラー少尉は思う。思うが、口には出さない。
『”モルト”より、全隊。特に異常はありません。』
高台に立つガンキャノンのパイロット、キョウ・ミヤギ曹長から、涼しげな声で通信が入る。

画像
 

『待ってください、MSの機影が見えます。』
声色に、緊張が混じる。
『ザクです。1機です。』
全隊に緊張が走る。
『たった1機だと?それとも例のゲリラ戦法か?』
こういう時に、冷静なのはイギーの良いところだ。
 ディーン中尉による敵襲の報告を受け、ダマスカスへの出発を半日遅らせた。制圧済みのダマスカスからも、掩護のための戦力を差し向けている。敵もさすがにそれくらいの動きは予見すると踏んでいたが、まさかまだ粘っているなどと、誰も思わなかった。
「同じ柳の下の鰻を狙う馬鹿か、それともそれだけ自分たちの作戦に自信があるのか……」
『どっちでもいい。全機、とにかく足元に気を付けろ。』
報告にあった潜砂からの奇襲を警戒し、イギーが友軍に通信を送る。
『ヘント、ミヤギ曹長にスプレーミサイルを蒔かせろ。』
『待ってください。』
イギーからの通信を遮るように、再び、ミヤギからの通信が入る。どこか、言葉がたどたどしい。
『何も、武装していません。白旗、を、掲げています。』

画像
 

「待て、敵ではない。」
 ダマスカスに入る直前に現れたザクのパイロットは、機外スピーカーを通して呼びかけてきた。朗々とした、好い声だった。
 機体の足元には、機銃を抱えた兵士らしい人間が数名見えたが、皆、装備も服装もばらばらだった。
「諸君らに協力するためにここに来た。我々は”レバント解放戦線”だ。」
ザクは高々と白旗を掲げ、戦闘の意思がないことを示したが、その様子は妙に堂々としたものに見えた。

画像
 

 合流したのは、現地のゲリラ部隊だった。ザクを鹵獲し、ジオンの小規模拠点に対して奇襲攻撃を繰り返してきたという。
 ザクのパイロットは”ロレンス”と名乗った。パイロットであると同時に、どうやらゲリラのリーダーらしい。”ロレンス”というのはおそらく偽名、と言うよりコードネームのようなものらしい。堀が深いブロンドヘアーで、綺麗な二重まぶたに青い瞳が、俳優のようだった。おまけに、声が抜群に好い。コクピットから降りて、ラッキー・ブライトマン少佐の元に向かう彼を見て、人を魅了する男だ、と、ヘントは思った。
 もともと、アフリカ戦線に展開していた連邦軍に、開戦当初から協力していたらしく、ブライトマン少佐にもすぐに話が通った。
「連邦の最終的な狙いはバグダッド、サラサール基地という理解で構わないでしょうか。」
”ロレンス”に尋ねられたブライトマン少佐は、軍事機密である旨を返答するが、否定もしない。”ロレンス”は満足げに微笑んだ。
「MSの装備品の補給、新たに進軍してくる戦力から供給があると伺っておりました。」
「それは、約束通り。」
 レバント解放戦線にその約束を取り付けた連邦軍の部隊は、既にジオンによって壊滅させられていたが、その旨は確かに引き継いでいた。ブライトマンが手渡した目録を見て、”ロレンス”は目を細め、ありがとうございます、と深い声で言った。
「簡単に信用されないと思っておりましたが、こんなにご理解いただけるとは。これに報いられるよう、積極的にご協力いたしましょう。」
 ”ロレンス”は表情を引き締めると、ブライトマンとの間におかれた机に、レバント地方の地図を広げた。
「こことサルサール湖のちょうど中間地点あたりに、ルトバという街があります。この、ルトバの北。」
言いながら、広げた地図を指さす。
「ここに、サルサール基地の前線拠点があります。ここを落とすための支援に、我々で工作をいたしましょう。まずはそのお手並みをご覧いただければと思います。」

画像
 

「”アラビアのロレンス”か。なかなか洒落がきいているな。」
「出たな、地球文学かぶれの蘊蓄が。」
ヘントが呟くのを聞いて、茶化すイギーに、
「そういうのは教養があると言うんです。」
とミヤギが釘を刺す。いや、ただのオタクだろう、とイギーは思ったが、その一言は飲み込んだ。先日のコールサインの一件から、ミヤギからの風当たりが強いからだ。
「で、どう思う?信用できるか?」
 ブライトマンと話を続ける”ロレンス”を遠巻きに見ながら、イギーは明確に疑いの目を向けた。
「曹長はどう思う。主観や直感で構わん。」
イギーの疑問には答えず、ヘントはミヤギ曹長に話題を振る。
「なぜ、自分でありますか。」
「なんとなくだ。曹長には、そういう直観力があるのではないかと思える。それこそわたしの主観と直感だが。」
そうですね、とミヤギは顎に手を当て、空を見上げる。
「嘘はなさそうな気がしますが、いちいち芝居じみているのが気になります。」
「それは、俺だって気づく。」
イギーがからっと笑う。
「つまり、そういうことですよ。わたしは別に、そういう直観力を持ち合わせてはいません。」
そうだろうか、とヘントは思った。が、いつものごとく、口にはしない。芝居じみているのが気になる、とミヤギの言葉を、もう一度反芻し、ぽつりと呟く。
「何か隠している、という感じはするかな。」
「ああ、それは、そうですね。そういう感じはします。」
「しゃべり方がな、俺はとにかく気になる。あの芝居じみたしゃべり方。」
イギーも、何かが引っかかるらしい。
「まあ、前任部隊も信用に足ると信じて引き継いだのだろう。信じるしかないか。」
ヘントは、自分自身を信じこませるように言った。
~~~~~~~~~~~~~~~

画像
 

 100mmマシンガンを1丁と、その弾倉を1ダース受け取り、”ロレンス”の部隊は引き上げていった。先ほどまで”ロレンス”とブライトマンが話していた机に、MSパイロット、戦車隊、輜重隊と、部隊の主だった面々が集まる。
「前任部隊の引継ぎを信じるしかあるまい。」
ブライトマンも、感じるものがあるらしく、どこか歯切れが悪い。
「第1攻撃目標は、ルトバの北の前衛拠点だ。2号線を使ってイラクへ入る。”レバント解放戦線”の支援が入るはずだ。」
 トルコの戦力も、ユーフラテス川沿いの街を、アブ・カマルを最終目標に南下してくる。最終的に、北と南西からサラサールの基地を締め上げる算段だ。
「宇宙からの第2次空挺作戦も展開予定だが、こちらはどうなるかわからん。さすがにジオンも宇宙艦隊で抵抗をしてくるはずだ。」
 しかも、空挺作戦は、アレキサンドリアの制圧に重点を置くはずだ。
「まずはここ、ダマスカスから航空戦力で空爆だな。地面に潜るのが奴らの十八番だと言うなら、今回はバンカーバスターでも使ってみるか。」
「砂の中の相手に地中貫通弾。なかなか冷酷な発想で。」
イギーが皮肉めいた声色で、茶化すように言うが、ブライトマンは取り合わない。
「潜っていそうな場所はゲリラに探らせる。貫通弾は用意できるか。先にダマスカスに連絡しておけ。」
「いつもの物量戦ですね。」
イギーがつまらなそうに言う。うまくいってしまうと、MS隊は出番がない。
「心配するな。サラサールを落とすときには必ず活躍してもらう。」
「それに、そうそう思い通りにいくものではない。」
 ヘントが静かに言う。
「盛り下がること言うなよ。」
イギーが小突いてくる。
「いや、少尉の心掛けは感心だ。」
ブライトマンが真剣に応じる。
「食事をとった後、このままダマスカスに入って、そこを拠点にする。出撃は航空機隊の後をついていく形になるはずだ。」
ルトバへの出発は早く見積もっても3日後と、ブライトマンは宣言する。
「さすがにダマスカスの街は焼け野原にはなっていないだろう。この際だから、束の間の休暇を楽しむつもりでいればいい。」
~~~~~~~~~~~~~~~

「おひとつ、どうですか。」
 愛嬌のある小柄な男が、カレーのような見た目の料理をよそった皿を、ヘントの前に差し出した。
(わたくしどもに御用ならば、この者をお使いください。)
”ロレンス”が連絡員として置いていった”キッド”という男だ。おそらく、この名前も通称というか、コールサインのようなものだろう。”ロレンス”の一団が、100mmマシンガンと引き換えに置いていった食料を使い、”キッド”は大きな鍋で料理を始めたのだ。
「なんですか?カレーですか?」
最初に食いついたのは、ミヤギ曹長だった。そういえば、ベイルートでもカレーを食べながら食事に不満を漏らしていた。心なしか、瞳孔が開いている気がする。
「バーミヤです。現地のものが一番うまいですよ。それは、宇宙世紀も旧世紀も変わりません。」
どうぞ、と、にこやかに皿を差し出す。ミヤギはおずおずと皿を受け取る。本当は飛びつきたいのではないか、とヘントは思った。

画像
 

「曹長は、カレーが好きか。」
ヘントの問い掛けに、ミヤギに代わって”キッド”が、ニッと愛嬌のある笑顔で応じる。
「兄さん、カレーとは違うよ。」
「……おいしい。」
ミヤギ曹長の呟きは、魂から溢れだしたかのような感動が感じられた。頬に僅かに朱が差し、明らかに喜色が浮かぶ。ヘントは思わずふっと微笑む。
「へえ、じゃあ、わたしもいただこうかな。」
「これ、オクラだな。肉にナスとトマトか。うん、これは、間違いない。」
いつの間にか、隣でイギーがバーミヤを頬張りながら、レポートをしている。
「ダマスカスに入ればもっと色々美味しいものがあるから、少し楽しんでほしいな。」
 "ロレンス"や"レバント解放戦線"が何者かは、まだ分からない。だが、この"キッド"の人懐こい笑みを見ていると、決して悪い出会いではないと、ヘントには思えてくるのだった。

【#16 Guerrilla soldier / Nov.20.0079 fin.】

 

 

 ミヤギ曹長がヘント少尉を好意的に思う、という描写がかなり唐突な気がしますが、まあ、なんというか、ガンダムシリーズのカップルって、割と雑に成立してる感じもするから、いいかなぁ、とか思っています。

 今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

画像
 
 こちらにもまとめております。