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【#08 Before the storm - 2  / Nov.9.0079】

「南下ですか?」
 ブライトマン少佐の突然の提案に、ヘントは思わず問い返した。連邦軍の全戦力は、司令本部のある鉱山地帯の奥へと北上を続けている最中だったからだ。
「ああ、敵の司令部は今日中に陥ちる。大きな戦果はコレマッタにでも譲るさ。」
 ブライトマン少佐の言う通り、ジオンのオデッサ防衛線はほとんど崩壊したと言っていい。ジオン側では、戦線を放棄して離脱していく戦力が出始めていた。
「我々は南下して、オデッサ市を目指す。」
「宇宙港、ですか。」
「そうだ、全面的に潰走が始まれば、宇宙に脱出しようと、HLVを打ち上げられる場所を目指してくる。もちろん、ここ以外もな。もう数時間もしないうちにどんどん上がるよ。」
 つまりは敗残兵の待ち伏せ、ということか。イギーが聞いたら嫌がりそうな作戦だ。
「しかし、さすがにジオンの守備隊がいるのではないですか。」
「ジオンに兵なし。まあ、それはこちらも同じだが。」

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 ジオンに兵なし。
 ルウムの敗戦を受けた休戦協定の締結直前、ジオンから奇跡の脱出劇を経て帰還した、英雄、ヨハン・エイブラハム・レビル将軍が、ジオンへの徹底抗戦を訴える演説を行った。その演説に登場する、宇宙世紀史に残る言葉である。あの演説によって、後に1年戦争と呼ばれるこの大戦は、第2局面を迎えたと言っていい。
 ジオン驚異の新兵器MSによる、宇宙から地球各地への電撃的な奇襲作戦によって、北米・東欧・アフリカ・アジアはあっという間にジオンの勢力下に収まった。しかし、その戦線を維持し、地球連邦の本気の物量戦を凌ぐには、MSも、その他の兵器も兵員も、圧倒的に不足していた。オデッサの大反抗作戦を予見しながらも、いや、予見して防衛のための戦力を主戦場に送り込んでしまっているからこそ、周辺の都市拠点はほとんどもぬけの殻であった。
 実際、南下を始めると、MSとの会敵はなかった。マゼラアタックの小隊と何度か戦ったが、いずれもビームライフルで一方的に狙撃して、戦闘は終了した。
 とは言え、連邦も、オデッサ作戦の戦闘に地上のほぼ全戦力を鉱山基地に向かわせている。航空基地を抑えるために制圧した拠点にも、大した守備兵力を残していない。オデッサ市の宇宙港が、敵の脱出に使われることなど、初めから分かり切っていることだ。と、言うのに、鉱山地帯の包囲網を敷くと同時に、オデッサ市を確保するための戦力投入をほとんど行っていない。この戦争の緒戦、コロニー落としやMSによる電撃戦で、人類の総人口は半減しているのだ。巷ではジオンの30倍の国力を誇るとも囁かれてはいるが、少佐の言う通り、戦力が厳しいのは連邦も同じだ。

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 宇宙港から近いとは言えない、妙なところで進軍を止めた。待ち伏せと言うには、いやに分かりやすい。
『逃げ出すような連中は逃がしてやればいい。地上で躍起になって追い落とさんでも、宇宙の連中が始末をつけてくれる。』
 なるほど、HLVでMSを打ち上げても、地上戦仕様のまま打ち上げるはずだ。成層圏の外ではまともに戦えないだろう。そこでも連邦軍の宇宙艦隊が待ち構えているはずだ。
『それに、一度敵に追われる恐怖を味わった兵士など、宇宙に上がっても大して戦力にならんさ。』
そういう同胞のケアも、”ジオンに兵なし”の状況を考えれば、少なからず戦力に打撃を与えるだろう、と少佐は呟く。ブライトマン少佐は、部下にも慕われているし、進んで残忍な作戦行動を取ることもない。しかし、戦いに当たっては冷徹である。
『それよりも厄介なのは、撤退戦に気を吐く連中だよ。大義に酔うこともなく、戦局を見定め、仲間のために命を捨てられる。そういう指揮官のいる部隊を逃してしまえば、宇宙での決戦に臨む友軍が、煮え湯を飲まされる。』
だから、ここで叩いておきたい、と少佐は続ける。
『お前はおとりだ、“ガンダム”。お前を餌に、気骨のあるエースを釣り上げるぞ。』
悪だくみをする悪童のように宣言する。
『それにしても』
通信機から、ブライトマン少佐のおどけた声が聞こえた。
『コレマッタの混成第44旅団、初日は散々だったらしいな。砂漠を走ったジムは、ずっこけたところをハチの巣だったとか。』
「先行して歩行訓練をしておいたのは幸いでした。」
応じるヘントは、心からそう思っていた。戦場の死は無慈悲だとしても、せめて戦って死にたい、とは思うのだ。
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「ドダイが3機も。よく無事だったものだ。」
 オデッサ市近郊の前線拠点まで辿りついたクレイグ隊のオスカー軍曹は、思わず興奮して声をあげた。
「最初の爆撃で、露天駐機のMSが吹き飛ばされてしまったんです。こいつらは格納庫にいたので難を逃れましたが、乗せる物も無いし、前線の拠点に運ぶにも、護衛できる戦力がなかったので……」
ドダイのパイロットがすまなそうに説明する。
「いや、我らにとってはこれ以上ない幸運だ。すまんが、諸君らを含めてわが隊に接収させてもらう。」
「了解しました、大尉。どうせ拾った命です、存分にお使いください。」
3人のパイロットの敬礼に、感謝する、と、アーサーは力強く応えた。
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 “ガンダム”出現の一報を受けた瞬間、アーサーは思わず椅子を蹴るように立ち上がった。
 斥候のために、あちこちに放っていたワッパの一隊が持ち帰った情報だ。オデッサ市の北側の市街地に、遊撃隊と思しき連邦軍の戦力が布陣しているという。はっきりとは分からないが、歩兵隊と、戦車が1個小隊。そしてMSがおそらく2機。うち1機は、ブイ字アンテナに人の顔のようなツインアイを持っている。そして、機体は派手なトリコロールカラーだという。
「間違いない、噂に聞く“ガンダム”だ。」
アーサーは、柄にもなく興奮する。
(俺は、そんなにやつと戦いたかったのか。)
自嘲気味に内省するも、気持ちの昂ぶりを感じる。やはり、武人としての矜持がくすぶっているのか。
 斥候の報告によれば、一応身を隠すようなそぶりも見えなくもないが、そこに布陣していることを隠していないのは明らかだ。罠だろうか。だとしても、やつを撃破するのは、この戦力では自分の仕事だろう。
「よくやった。これ以上ない有益な情報だ。こいつらの相手はMSだ。他の兵は戦闘に参加するな。」
覚悟が決まれば、作戦も決まったようなものだ。隊への指示を、オスカーに矢継ぎ早に伝える。
「撤退する兵は西に大きく迂回させて、なるべく南側から宇宙港に入らせろ。ルーマニア方面から落ち延びてくる戦力もあるはずだ。可能な限り合流するようにも伝えろ。」
「そちらのルートに罠をはっている、ということはありませんか。」
「考えたが、恐らく可能性は低い。寡兵は連邦も同じと見える。」
ここまでの逃避行を、まんまと成し遂げたのは、奇跡的に連邦の戦力と遭遇しなかったせいだ。作戦経路の立案に嗅覚を発揮するオスカーの力もある。しかしおそらく、全戦力を鉱山基地に向かわせているため、末端の戦場に振り分ける余力もないのだろう。
 中隊の生き残り5機のうち、2機は念のため撤退部隊の直掩に付けるよう指示した。
「オデッサ市に入ったら、適当なタイミングで機体は捨てて構わん。とにかく生き残れ。」
弾薬も大して残っていない。会敵してもまともに戦えないかもしれない。ならば、会敵した瞬間、おとりがわりに捨ててしまってもいい。
「対“ガンダム”決死隊は、わたしと、オスカーと、マイロだ。」
最後にそれだけ告げると、2人を連れて外に出た。

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「攻撃には接収したドダイを使おう。」
格納庫から引き出されたドダイが、暖機運転を始めている。
「なるほど、空からの奇襲ですな。それなら足音を聞き分けられる心配もない。」
 さすがに、オスカーは作戦の理解が早い。連邦軍のMS隊に随伴している指揮車輛には、敵機を探知できるソナーが搭載されているらしい。地中に打ち込んだソナーから、MSの足音を探知するというが、これがなかなかの精度らしく、普通に接近するとすぐに狙撃される。しかし、空中からの奇襲ならば、捕まらないだろう。
「とにかく第一目標は“ガンダム”だ。連邦の脅威の象徴たる“ガンダム”を討ち取れば、味方の士気も大いに上がろう。」
「逃げる兵士に士気を求めますか。」
マイロも、軽口を叩く余裕が出てきた。死線をくぐり抜けて、肝が据わってきたのかもしれない。
「大将首はお譲りしますよ、大尉。」
すかさずオスカーも続ける。
「誰だっていい。とにかく我々が討つのだ、"ガンダム”をな。」

【#08 Before the storm - 2  / Nov.9.0079 fin.】


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