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【#05 Before the storm  / Nov.6.0079】

 ジオン公国突撃機動軍所属、アーサー・クレイグ大尉は、指揮する中隊を基地の周辺に展開させた後、自身は乗機のグフを、基地全体を見渡せる高台に立たせた。
 夕暮れの地平に睨みをきかせるように立つ。
 軍神さながらの巨人の威容を見上げると、オデッサ採掘基地内で、不安と殺気をみなぎらせている将兵も、幾分落ち着きを取り戻せるような気がした。

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 U.C.0079、11月6日。
 オデッサ採掘基地内は、MSも兵士たちも、慌ただしく動き回っていた。
「採掘用の機械はいい。そうだ、とにかくMSだ!物陰に入れろ、すぐにでも連邦軍の爆撃が始まるかもしれないぞ!」
あちこちで、基地内の交通を整理する将兵の怒声が響いている。
 10月の下旬から、連邦軍の動きが俄かに活発化していた。この数日はビッグトレーや61式戦車の大旅団が、オデッサに向けて各地から進行を開始している。東欧奪還に向けた大反抗作戦が発動間近であることを、もはや隠す素振りもない。ジオンのスパイがつかんだ情報からも、11月7日をもって作戦が発動されることはほぼ間違いなかった。
 11月に入った途端、リヴィウを始めとするオデッサ周辺の航空基地に一斉に攻撃が開始された。奪回された航空基地には、次々に航空戦力が整えられているという噂も、士気に打撃を与えている。夕日が沈もうとしている地平線の向こうから、今この瞬間にも連邦軍の爆撃機が飛来するかもしれない。
「加えて、“ガンダム”の噂か。」
アーサーが呟くのは、連邦軍のMSの影についての噂だ。
 連邦軍も、どうやらMS戦力を整えつつあるらしい。各地で会敵・戦闘の報告があがっている。中でも、強力なビーム兵器を携えたツインアイのMS“ガンダム”の噂が、将兵に恐怖感を伝染させている。
 北米でガルマ・ザビ大佐を討ち取り、中央アジアをこちらに向けて突っ切て来ている部隊にいるやつが、どうやら“本物”らしい。驚異的な運動性能でもって、あのランバ・ラルをも返討ちにしたという。そもそも、運用している部隊もNT兵士の集まりと聞く。
 他にも、北米、東南アジア、オーストラリア、NT部隊の作戦範囲とは別の中央アジアの連邦軍ベースキャンプなど、地球各地で“ガンダム”や連邦軍のMS出現の情報が頻発している。最近では、ルーマニアや、ここオデッサ近辺でも“ガンダム”が友軍に猛威を振るっているという。もしかすると、既に量産体制に入っているのかもしれない。

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『来るなら来い、と思いますがね。連邦軍の急造MSなど、大尉の相手になりますまい。』
 高台に上がってきた部下のオスカー軍曹から、通信が入る。
 そう思いたいが——。アーサーは答えない。
 ガンダム1機が——いや、たとえ複数機存在していたとしても、“ガンダム”の存在がミリタリーバランスをここまで大きく傾けるとは思えない。そもそも、国力に差がありすぎるのだ。月の果ての小さなスペースコロニーから、この地球の広大な大地に広がり切った補給線を、もはや維持できようはずもない。

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「いずれにしても、仕掛けられれば戦うだけだ。それだけの準備も心構えも出来ていよう。」
アーサーの答えに、はっ!と部下の返事も歯切れがいい。
 そうだ、戦場に立つ以上は、目の前の戦いに勝ち、生き残ることにだけ注心すればいい。大きな流れには乗るだけだ。敗北して、責任を負わねばならぬのならその時は覚悟はできている。だが、付き従う兵の命は、出来る限り失わせたくはない。

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 ガンダムよ、白い悪魔よ。来るなら来ればいい。この私、アーサー・クレイグが、あの夕日よりも赤く、この大地をお前の血に染めてやろうではないか———。

【#05 Before the storm  / Nov.6.0079 fin.】


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