期末テストの事で集中していたり、テストの結果が出てからどっと力が抜けて、抜け殻みたいになっていましたが、1ヶ月ぶりに更新します。


期末テストの事から書いていきます。
学校に入る前までは、定時制だからテストもそこまで難しくないだろうな~と思っていたのですが、全然違いました。


ちゃんと高校の範囲の勉強も入ってきますし、全然簡単では無かったです( ;∀;)
授業で使ったプリントを一部、テストに持ち込める代わりに、一点配点、二点配点問題だらけです。
教科によっては、全部書き終わらいものもありました。


というか、100点取らせる気がそもそもないだろ!って位問題が多いです。基本的にどの教科も。
プリントを持ち込めるから問題が多くなるのはしょうがないとは思いましたが、全部書き終わらないとは思っていませんでした。

国語が一番辛かったです。
中間テストの時は、テスト終了1分前に全て書き終わりましたが、期末は1割ほど書けませんでした。
もちろん、見直しなんてしている時間はありません。
テストが終わって、腕がプルプルしてました(笑)どんだけ書かせるんだよ(ノд`;)
と思いましたが、これが当たり前の学校なのでしょうがないですね。


テストを受けてみて気付いた事がありました。
テスト中は基本的に、神経高ぶりまくりだった訳ですが、自分の中で
「神経が高ぶっている=結果が出ない」
という考えがまだまだあって、どこかで、非HSPの方がテスト結果は良いはず…という思いを持っていました。
「HSPは非HSPより劣っている」という、自分の中の決めつけを捨てきれずにいるんだなと再認識させられました。

この考え方は、HSPだからと言うものではなく、自尊心の低さからくるものだとは思っていますが。

とにかく、神経が高ぶっている中で問題を解いていくってものすごく疲れます(-_-;)


何とか全教科のテストが終わり、テストが返ってきた訳ですが、自分が思っていた以上に結果を残す事が出来ました。
学年1位の教科も幾つかありました。


ただ、素直に喜べない自分が居て、この結果は、脅迫的な努力で成り立ってるんじゃないかと怖くなりました。
年齢的な恐怖感と、高校で良い結果を残さないと先が無いという焦り、神経の高ぶりからくる強迫感から出た結果なのかなと思うと、複雑な気持ちになりました。


中学の時も一学期は頑張れていました。
二学期に入って、いろんな事が重なって心が折れました。
中学の頃よりも自分の気質を理解できている自信はありますが、中学の時と同じ結果になるじゃないかという恐怖感もあるのかなと感じました。


出来る限り、神経の高ぶりを責めずに学校生活を送ることで、高ぶりづらくなってきた面もありますが、いつか心が折れてしまうんじゃないかという恐怖も一緒にあって、複雑な思いで過ごしていました。
今のところ学校は1回も休んでいませんが、まだまだバランスの取れた学校生活には程遠いので、少しずつ調整できればなと思います。


抗不安薬に頼る機会も多く、授業中に飲むことも結構あります。
周りからラムネ食べてんじゃないかと思われないかとヒヤヒヤしながらコッソリ飲んでおります(。-ω-)


薬を飲んでても良いとは思うけど、自分を尊重しきれない部分がまだまだいっぱいあって。
高ぶっている自分に「ごめんね、辛いね」って言えるようになっただけでも成長したんだろうけど、自分の中じゃ納得行かないものも多い。


周りに合わせずきて、高ぶりや体の変化(胃の痛み、お腹の痛み、喉がつまった感じとか)を二の次にしてしまうこともまだまだ多い。
悔しいけど、自分を責めても何も解決しない



どんな結果になろうとも、HSPに生まれて良かったと思える人生でありたい

1ヶ月以上ブログの間隔があいてしまいました。
高校生活の刺激の多さと、気温や湿度の変化にやられたようで、プチ燃え尽き状態でした。


学校から帰ってくると23時頃で、とっととお風呂に入って、眠剤飲んで眠るといった感じで。
眠れない日も多くて、この先どうなってしまうのだろうか…と、胃を痛めてベットで丸くなっていた日も多かったです。(カンガエスギーダンゴムシー)


高校に通い始めて最初の悩みは、お腹がすぐに下ってしまう事でした。
元々、不安になるとすぐに下ってしまう体質で、高校には、下痢止めの予備の予備を持って行ってました( >д<)、;'.
どんだけ下ってんだよ!って話ですが(笑)
授業よりもトイレの事を考えていた位です。


毎日下痢止めを飲んでいたのが、最近やっと、週に1~2錠くらいですむようになりました。
それでも十分多いですね。
後、授業ごとに出席を取るので、ゆっくりトイレに入っていられないっていうのもありました。


もう、毎日神経高ぶりまくりで凄いですね!
自分でも、どんだけ高ぶるんだって位に、毎日のように神経の高ぶりとのお付き合い(もっと良い表現あるかな?)です。

学校は、神経の高ぶる要素がてんこ盛りです。

周囲の会話、笑い声、大きな声、香水の臭い、柔軟剤の臭い、汚い言葉(クタバレ、臭い、バカ、死ね、etc.)苦手な人との会話などなど、あげ出したら切りがありません。
聞こえる所で、あからさまに嫌みとか言ってくる奴もいますからね~
そりゃ高ぶりますねー( ・ω・)


ですが、高ぶりを否定してしまうと、HSPだから生きづらいんだとか、HSPじゃなければ…という思考になってしまうので、毎日が挑戦です。

「いかに神経の高ぶりを否定しないで高校生活を送れるか」
これは、自分にとって、どんな教科の勉強よりもはるかに難しいです。
そして、向き合わなければいけない人生の課題だと思っています。

学校の勉強には答えが用意されていますが、高校生活で高ぶった時のマニュアルなんて無いんですよ。あるわけないか( ・ω・)
もー自分で作っていくしかないんですよ。


こうなったら自分で作ってやろうじゃないか!って感じですよ。
高校を卒業出来なかったとしても、神経の高ぶりの対処法を1つでも多く見つけたい!
そして、HSPの皆さんが生きやすくなる方法を探すのが自分の生きる目的になっているかもしれません。
ただただ我慢しているだけでは、いつか倒れてしまいますからね。


HSPの皆さんが試行錯誤すれば、いろんな対処法が見つかるはず。
毎日がマニュアル作りと試行錯誤の連続です。

自分が、何かしらの高ぶりとの上手い付き合い方を見つけ、それを学校や会社で実践してくださる方がいるかもしれない。
もしそうなったら、そんなに嬉しい事はありません!
それこそ、HSPに生まれて良かった!と思える瞬間だろうなと前向きに考えています。

続きます。


P.S.
あきさんありがとー( ;∀;)
無事に書けました(笑)



精神科でのカウンング時間が50時間を越えました。
個人的に感じた事、アドバイスなどを書いていこうと思います。
これからカウンセリングを受けようか迷っている方、
現在、カウンセリングを受けている方の参考になるような情報が提供出来るのであれば、
嬉しく思います。


私は、精神科の自立支援医療を受けているので、治療費は1割負担です。
利用している精神科の1回のカウンセリング代は、50分で400円です。
正確には、診察代が1割負担で400円で、カウンセリングに料金は発生していません。

数年前まで1回3千円でしたが、かなり安くなりました。
保険適用外などが理由で、1回数千円〜数万円のカウンセリングもありますが、自立支援医療を受けて、継続してカウンセリングに通う事を前提にして書いていきます。

カウンセリング代が高額な場合、何十回もカウンセリングを受ける事は難しい事ですが、専門的なカウンセリングを受けられる場合が多いと思います。

HSP専門のカウンセラーの方となると、自立支援医療が受けられない、保険適用外の場合がほとんどだと思いますが、専門的なカウンセリングの進め方をして頂けると思います。


※5月30日追記。
カウンセラーにカウンセリング代について確認したところ、カウンセリング代は、全て病院が決めているとの事でした。
今の日本では、保険も自立支援医療も、カウンセリングには適用されず、減額対象にはならないようです。
なので、カウンセリング代金は、病院によってかなり違うようです。



①カウンセラーは病気を治してくれる人ではない
時々、「数回カウンセリングに通ったけど、病気が治らなかった」と言っている方が居ますが、カウンセラーは病気を治してくれる人ではありません。

カウンセラーは、マラソンで言うところの伴走者だと自分では思っています。
伴走者に、フルマラソンを完走出来なかったのはアナタの責任だ!と言ったところで、何も解決しません。

カウンセラーは、なぜフルマラソンを完走できないのか(なぜ、悩みが解決しなかったり、病気がよくならないのか)についてアドバイスをしてくれたり、一緒に考え、悩んでくれる存在だと自分は思っています。

根本的に大事な事は、フルマラソンを一人で走りきる力や知識(生活の悩みや、病気の悩みを自分の力で解決出来る能力。困った時に、ちゃんと周囲に助けを求められる能力)であり、カウンセラーがアドバイスをしてくれる事はあっても、悩みを解決していくのは基本的に自分の力です。

カウンセラーは並走はしてくれても、代走はできません。
自分の人生を生きられるのは自分だけです。


②カウンセリングで気分が良くなる事も、悪くなる事もある
カウンセラーに悩みを話せた事で気分が良くなった事も沢山ありましたが、
自分の悩みを話す事になるので、気分が悪くなる事もあるかと思います。

悩みを人に話す事に抵抗がある人の方が多いと思いますので、ある程度、気分が悪くなるのはしょうがないと思います。

私の場合、悩みを打ち明けるのが恥ずかしくて汗をかいたり、カウンセリングの途中で胃が痛くなったり、お腹が痛くなって途中でトイレに行った事が何度かありました。

大事な事は、カウンセラーと話しているから調子が悪くなるのか、自分の悩みを話しているから調子が悪くなるのかを見極める事だと思います。
後者の場合はしょうがない部分がありますが、前者が理由の場合、カウンセラーとの相性が合っていない場合があります。

最初の10回くらいは、緊張したり、カウンセリングに慣れなくて不快な気分になる事があるのは当たり前の事なので、まずは3ヶ月程度、カウンセリングを続けてみる事をオススメします。

カウンセリングは、辛い思いをすることもありますが、自分にとって、大きなものが得られる可能性がある行動です。


③綺麗な答えをしようとしない
1960年代の初めに、カウンセリングで悩みが解決した人と解決しなかった人には、どういった違いがあるのか、共通点はあるのかという研究がシカゴ大学で行われました。

悩みが解決していった人達、解決しなかった人達には、それぞれ共通点が見られました。
悩みが解決した人達は、カウンセラーとの話し合いの中で、話し方がゆっくりになったり、言葉の歯切れが悪くなり、その瞬間に感じている事を表す言葉を探し始める傾向にありました。
「うーん、どう言ったらいいんでしょう、これは怒りとも違うし、うーん」
「話しをしていると胃のあたりが、何か変な感じがします」
といったように、言いよどむ事が多かったり、言葉では表現しにくい身体的な感覚を感じ取れている人達でした。

悩みが解決しなかった人達は、言いよどむことも無く、スラスラと話す傾向にありました。
「頭で考えるレベル」にとどまって、体で感じる事も無く、学校や会社の面接でみられるようなスラスラとした回答をした人達でした。

「頭で考えるレベル」にとどまっていた人達は、説明しても、考えても、涙を流しても、カウンセリングは上手く行きませんでした。

こういった研究から、心理療法の代わりになるような方法はないかと作られたのが、
フォーカシングという方法です。今感じている事に注意を向け、内面と対話をする方法です。
今、感じている感情や肉体的な変化をあるがままに感じ、あるがままに置いておく。それを変えようとはせず、内面との対話をする方法です。瞑想と少し似ているところがありますね。

個人的に大事にしている事は、カウンセリングの中で、今、感じている事を表現しようとして変な表現になってしまったり、言いよどんだり、汗をかいて上手く答えられなくても、カウンセリングには必要な事だという事を常に頭の中に置き、綺麗な答えをしないようにしています。それがカウンセリングには必要な事だからです。


④両手を机の上に置く
これは、TVで心理学者が言っているのを見て知った知識なのですが、人は、両手の手のひらを机の上に置いた状態では、嘘をつく事がほとんどできないんだそうです。
カウンセリングでは、話す内容よりも手の位置が大事と言われる位に大事な事だそうです。
両手を机の上に置き、嘘が言えない状態を作り、本音でカウンセラーと話す状態を自分で作るようにしています。


⑤最終的なゴールは同じ
カウンセリングだろうと、認知行動療法だろうと、瞑想だろうと、フォーカシングだろうと、
アプローチの仕方は違えど、最終的なゴールは一緒だと思います。

「今、感じている感情をあるがままに感じ、感情や体の感覚の居場所を作ってあげる事」
これが出来れば、どんな方法だろうと良いんじゃないかなと思います。
その内の1つの方法がカウンセリングというだけです。
一人でゴールを目指すのは難しいな~と思ったので、自分は、カウンセリングという方法を選びました。


自分でも、いつも全ての事が出来ている訳ではなく、綺麗な答えをしてしまったり、机の上に手を置くのを忘れてしまったりするので、忘れないようにするという意味も込めてブログを書きたいと思います。


皆さんが、感情をあるがままに感じる方法を見つけ、体や感情の居場所を作れることを願っています。

長くなってしまいましたが、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。