自分が今の立場、環境に居る事になんとなく感謝をした一日でした。

様々な事に熱量を注ぎ込んで生きていたしこれからもそのようにしていくと思います。

出会う人により人生が変わる。交わす言葉により想いが変わる。そのように思います。

雨の音と毎年聞ける田んぼのカエルの鳴き声。それを幸せだと思える心を持っている事は喜ばしい事だと思います。

たくさんの人が自分の人生を通り過ぎて行きました。今はひとりですがこれからもひとりでしょう。

ひとりで生きていけるなんて微塵も思っていませんが生きている限り誰かと関わり続けている。特定の人がそばにいなくとも死ぬ時は必ずひとりです。

寂しいという感覚が昔から無くて、どういうものが寂しさなのか今でも理解していません。喜怒哀楽の中で「哀」だけがいまいちわからないのです。

わからないから寂しさを感じるとパニックになっていたのかも。知らないものはコントロールできないですからね。

物には魂が宿ると思います。大切な人と関わっている物や自分の思い入れが強い物に宿るのでしょう。

日常の些細な買い物も、物を大切に想いたいから簡単には買わない。自分の生活に関わるわけだからそういう想いで商品を手に取りたい物です。

何より今は子供達と過ごした家がある。魂が宿った家に包まれて生活するのは安心感しかありません。

幸せとはそういう事なんだと思います。

贅沢をする。いい物を身につける。大切な人と思い出を作る。そういうのは幸せに見えて本当の幸せでは無い。本当の幸せはひとりで居る時に感じるものだと思います。

贅沢、いい物、大切な人との時間により想いを募らせ何かに魂を宿す。それによりひとりの時にそれを思い出し感じる事が真の幸せだと思います。

思い出の品、結婚指輪、写真。ひとりでそういう物に想いを馳せるその時の満足感が幸せだという事だと思います。

良い思いをしている時は「楽しい」「嬉しい」という感情でしょう?それを想う時が幸せの瞬間なのかなと。

こういうわけのわからない「真の意味」を考えるのが日常です。