今日は月一の日曜休みでした。


遅めに起きて昼頃からひたすら掃除に明け暮れた!

夕方早めの晩飯を食べてニトリへ。

イス以来の今欲しい物、それはソファベッド。

ワンルーム一人暮らしから戸建て一人暮らしになり家の中の全てが遠くて。笑

ワンルームって優秀でトイレもお風呂も三歩で行ける。欲しい物もすぐ手が届く場所にある。それはそれは最強で身支度なんてすぐできるからねー。

広すぎるが20畳のリビングで生活すれば少しは時短になるし、冷暖房効率もいいかな?なんて思っている。だからソファベッドを買えばくつろぎながらそこでそのまま寝れるかな?なんて。

ソファベッドに20分くらい。座って、ベッドにして寝てソファにしてまた座って。商品としては質感も性能も座り心地も寝心地も良かった。

あとは使用上の利便性やメンテナンス性、要らなくなった時の処分の事。2階に行かなくなってしまう事。そもそも必要かどうかの問題。その辺を把握するためにしばらく買わないでおく。

本当に必要な物、本当に欲しい物はいずれ絶対買うからあえて時間を置く。また見に行くかもしれないけどなんとなく買わないような気がする。

家を掃除した事により楽しみができた。それは2階で寝る前に外を見る事だ。窓が汚いとカーテンを閉めたままでも何も思わない。最近の掃除は2階に及んでいるが、2階は人の視線が気にならないからカーテンを外してもいいかなと思っている。

元々、人目を気にするタイプだったけど人目を気にしていると損なことが多くて。例えば日常で道端に小さな花が咲いている、またはどんぐりがいい感じに落ちているなど小さな幸せがあった時、色々な写真を撮りたくなる。今までは恥ずかしくてそのまま通り過ぎていたが綺麗な写真にして思い出として残したいと思うようになった。

やっぱり自分でもいい歳のおっさんがそりゃ無いよと思うんだけどそこで自分の心に負けず写真を撮る。それにより思い出になるわけだ。写真も色々な角度、バランスにこだわり何枚も撮る。そして最高の一枚に絞り残す。くだらないけどそれによりその写真が大切になる。そして文章を添えて一緒に残す事でいつか思い出せる事に気づいたのだ。

そしてその写真を撮る時、やはりゴミが写り込んだり、被写体が汚れていたりするともったいないとも思う。だから掃除が好きなのかもしれない。

私は潔癖ではなく純粋に掃除好きのおっさんだ。汚れる事に抵抗はない。あえて汚すことももちろんない。

そして掃除こそエコであり芸術なんだと思う。

2階の窓は内外を清掃。洗剤は使わず食器用スポンジに水を大量に染み込ませビシャビシャになっても構わず清掃。同様にサッシ、レールも土だらけだけど清掃。清掃の基本は大量の水と繰り返しだと思う。それで充分綺麗になる。最後に吹き上げてクリアな窓になる。

そのクリアな窓があるとカーテンがもったいなくなる。カーテン不要論。

寝る前にクリアな窓から見る田舎の見慣れた風景が自分を安心させる事に気づく。

掃除がされていればカーテンも不要、ソファベッドも不要なのかもしれない。

寝る前のクリアな窓から見る見慣れた景色が一日の締めくくりであり最高の幸せなのかもしれない。

こんなくだらない日曜がなぜか最高に幸せであり自分の感性になぜか誇らしさを感じる。

他人からしたら根暗なんだろうけど。