日々の生活や仕事で色々な事を感じ、考え過ごしている。

今日は完璧で無い事で愛着が生まれたりするのかな?とかそんな事を考えた。

なぜそんな事を考えたか?と言うと、過去に乗ってきた車に対してどの車を一番大切にできたか?と考えたからだ。

世の中の人は本当に「体裁」を気にする。より高級、よりランクが上、より優雅。

そういう事に触れる機会が多いが、実にくだらないと感じてしまう。

自分に置き換えて考えてみると決して高級な車には乗っていないがより価格が高い車に対する愛着が薄い事に気付いた。より良い装備が付いていたり、わざわざオプションを付けたりした方が愛着が下がる。

元々、物をメンテナンスする事が好きという事もあるだろうし、綺麗好きという事もあるかもしれないけどより手をかけた方が愛着は増すのは当然だし、便利機能、高級機能は壊れやすい。そしてメンテナンスにお金がかかる。そういう物は自分がやらなくて済むとか楽だとかそういう事で物との関わりが薄れるのかもしれない。

関わりが薄くかつ、お金がかかるという事はデメリットでしか無い。

基本性能しかついていないシンプルな車は壊れにくい。やはり自分のスタイルに合ったものが一番だろう。

ボロく汚い車をいかに綺麗に大切に乗るか?に魅力を感じる。なんなら汚れている車をどれだけ綺麗にできたか?という事に満足感が得られる。よく考えたら今の家もそうだ。

周りの人々が体裁を気にしたり、どんぐりの背比べのような見栄の張り合いをしているのが正直くだらなすぎて「自分が良ければ人なんて関係ない」という冷ややかな目で見ている。

よりランクが上の方がいいという人ももちろん世の中に存在していいに決まっている。

ただ、あまりにも「体裁」にこだわりすぎて自分の「ベストマッチ」という考えを忘れてはいないか?

そういう問いを仕事では示して行きたい。

誰に何を言われようとそんな事はどうだっていいんだよ。自分が納得するか?自分の信念を貫けばいいのではないか?そう思っている。

そういう感覚も十人十色だから、衰退の提案も忘れない。


力を抜いて衰退する。


そういう事を推奨している。こだわるとそれは労力になる。こだわらない事にこだわる。そうする事で自由になり生きやすくなる。

あなたが悩んでいるそれ今本当に必要ですか?

くだらないプライドは捨ててこだわらない事にプライドを持とう。何事も自分が納得できれば物は持たない方がいい、手続きは少ない方がいい、プライドは低い方がいい。執着こそ衰退であり、息を抜く事で多方面がうまく回るようになる。

車で言えばパワーシートやパワースライドドアは動き遅くないですか?あんなに遅いならサクッと自分が動かせばそっちの方がいい。壊れる可能性の部位も減る。動かしたい人が自分の手で動かせばいいんじゃないか?と思ってしまう。

それを便利と取るか?わずらわしいと取るか?

周りを見渡すとそういう固定概念に囚われて苦しそうな人がたくさんいます。