あと数日で子供達が東京へ行ってしまう。
家を出てからもうすぐ三年。
人の生活は三年でこうも変わるんだと思う。
変わっていく人はいつも成功者で、自分のように変わらない人は何も変わらない。
ここ一年でなんとなく色々あった気がする。自分自身で言えば変わろうとしたけど変われなかったという事と、変わらない事がそもそも魅力なんだと気づいた事。
無理に変わろうとしない。変わらない方がいい人もいるし、それが子供達の安心につながるのではないか?と思っている。
周りの人は「次がある。またいい人が現れる。」と言う。それは私という人間を基準に考えればの発言なのだろう。励ましていただく事に対しては感謝している。
子供達を基準に考えた時、やはりそれが一番大切なんだろうと。自分の中で「子供が基準」を拭いきれない。
それを拭えない自分がなんとなく好きだ。
帰れる場所、戻れる場所を作ることが自分の使命なんだろうと思っている。
大切な子供達が手元に居ない事に絶望感を感じる時もあるけど、いつだって子供達を基準に考えて生きたい。
家を出る決断、離婚の決断、夫婦喧嘩の原因も、いつも子供達への想いから始まっていた事に気付く。
結果的に子供達を手放してしまったわけだが、やはり子供は母親の元にいる事が大多数の幸せだろうと思う。自分が必ず正しいとは思わないけど、自分の信念を貫く。貫いてきたから今の状況になっている。
もう一度新しい家庭を築く事が自分にとって本当の幸せなのかもしれないけど、信念が揺らぐ事が許せない。そこに自分の精神が病むのだろう。
周りの「まだいける」「また幸せになれる」は私個人へのものであり、家族へ向けられたものではない。それは「離婚=失敗」を認める事であり、家族は失敗していない。家族を考えた時たまたま父と母
がうまくいかないから離れただけだ。
俺は失敗してない!むしろ成功している。大切な子供達の存在と帰れる場所の管理ができる。そして普段は自由に生きれる。
一番は子供達と生活する事、それができないなら今の状況が最善。
子供達誰かの財産になる家を手入れできる喜びを噛み締めながら生きようと思う。
人生で大きな節目っていくつかあると思うけど、たぶん今そこそこ大きめな節目なんだろうなと思う。
重大な決断だろうけど、迷いなく、曇りなく、悲しみのルートを選ぼうと思う。