今日は離婚に伴う財産分与について書きたい。

結婚してから取得するすべての物は所有権の有無に関わらず離婚時半々になる事をご存知だろうか?

どこかで「名義は私だから私の物」とか安易に考えていないだろうか?

極端な話をすれば鼻をかむティッシュ一枚ですら半分はお相手の物なのだ。

そんな事を言い出すとキリがないから一般には婚姻中に取得した財産とみなされる物が審議の対象となる。不動産、車、現金がその例だろう。

離婚時の財産分与については確か非課税だったと思うが、それらを半分に分けお互いに充当する。

それはプラス財産もマイナス財産も両方である。

一部ギャンブルなどによる負債は例外だと聞いた事がある。

ここで問題になるのは完済しないと所有権は移らないという問題で他人に支援してもらうと贈与税がかかると思われる事。

そしてそのまま引き継いで所有する場合は現状価値の半分を相手に支払わなければならないという事である。

一般的に所有権がつく人以外はこの事を安易に考えていてそんな所が私の「物に対する想い」が強くなったきっかけだと思う。

私の場合、所有権が私のまま家を提供しているから辻褄が合わなくなっている。ローン完済の暁には所有権移転登記をする約束になっているが、その時には現状価値の半額を受け取らない意向である。

話にならないほど不仲になった関係でこういう複雑な意味を伝えようとしても話になるわけもなく、いつも向こうには極力損が無いようにと立ち回っているけど、少なからず相手にも負担があるからそこを交渉されると婚姻中の話が伝わらない想いが蘇る。

その時に「これだから離婚したわけだ」と納得するし、いつだって譲歩しているのに報われない感がある。

身内には散々寄りを戻すのではないか?と言われているけど、この苦労は当事者である自分以外は誰も理解できないだろう。

意見が合わないからといって相手をどうでもいいように扱う事はしない。あくまでこちらはこちらで正義を貫くのみでありそれが身内にはそれが不自然に見えるのだろう。

アドバイスは真摯に聞くけどそれはあくまで参考にするだけであり自分の芯は持っている。

周りで高額な家を建てたと聞くとその意味本当にわかってる?と思ってしまう。誰しも幸せは想定するけど不幸せを想定してない。離婚しない保証なんて無い。どんなに信頼している人でも不仲になり離婚する時どんな行動をするか予想できない。

その時に初めて気付くのです。不動産を所有する重みと物を所有する重みを。

贅沢する事なく小さな幸せを追い求めて、見栄は張らず胸を張って生きよう!

私は悲観してないし、むしろこの報われない正義を貫く事を楽しんでいる。

ただ、周りを見渡すと生きる事を楽観視しすぎてはいないか?と思ってしまって、所有する重みや借りる重み、それと反対の有り難さを軽視しすぎていて、もっと厳しさや苦しさ貧しさを楽しんでやろうという人が誰一人いないのが残念でならない。