今日は美容院に行ってきた。

私の髪に対するこだわりは楽だという事のみ。

程良い長さというのが一番手入れが楽なんだという事に最近気づいて、そのようにしてもらっている。

メンズの場合ベリーショートにすると寝癖を治さないといけないし、ワックスを使わないと整わないので面倒だ。

飾らない事を美徳としているがそれはおそらく母親から継承された精神なのだろう。

世間では飾る事を良しとしていると思っていてどこか飾らない魅力というのを求めている。

自分自身もそうだし、異性に対しても飾らない事になんとなく魅力を感じる。

自分という「素材」そのものこそ魅力なのではないか?という考えの元、生活している。

自分という素材を活かすヘアスタイルが今日の論点。


美容師との話ひとつとっても自分の糧にしてやろうと思っているから話すと面白い。

似合うヘアスタイルというのは一人一人頭の形も違えばその人の表情や体格、服装などなど色々な条件によって左右されるわけで、今日は頭の形に焦点を絞って話したけど、自分の好みとは違うヘアスタイルが実は他人から見たら似合って見える事もあると思うから本当の意味で全てをお任せできる美容師になってもらえたらどんなヘアスタイルになるのか?という願望を話してみた。

美容師はお客さんが離れる事を一番気にしているようで本人が気に入らなければ他店に流れてしまうからそれはなかなか難しいらしい。

おそらく私の場合は髪型の社内規定もあるから任せても無難にカットされてしまうだろう。

それに「こうしてほしい」と注文して切ってもらうのが当たり前になっているから「お任せ=無難」なんだろうな。


他人の意思や流れでこうなってしまった。だけど意外と良かった。


という自分の想像を超える何かがあると本当に楽しいし、その人が真剣に考えて「良かれ」と思い行動した事が例え自分の理想と違っていても少なくともそれはその人にとってはいい物であり、自分が間違えているかもしれないから機会として素晴らしい事だと思うのです。

何が言いたいかというと美容師業界で言えば「お客さんが離れる」「クレームになる」そういう要因がある事で真にその人のためを思った提案ができなくなっていてそれにより私のようなプラスもマイナスも楽しみたいと思う人間は機会を損失しているなと思ってしまう。

逆にこういった背景があるから小学生の頃、床屋のオヤジに長めに切ってと頼んだら「お兄ちゃん短い方がサッパリしていいよ」と言われ短く切られた事を思い出し楽しむ自分も居たりする。

結局自分は何だって楽しめるんだと気付かされるし、どうなってもいいという結論に至ります。


他に対して「良かれ」と思い提案する事は本当にいい可能性が高い。

自分に対して「良かれ」と思い進める事は間違っている可能性がある。

周りを見渡して自分をよく見せたい、自分が楽したい、自分が儲けたい。そういう人はつまらないし成功しない。孤立し先が無くなる。

誰かのためにと行動できる人が繋がりうまくいく。そしてそういう人はそれを成功していると感じてない。なんとなくこうなっちゃった的な事を必ず言うんです。

繋がりを大切にできる人はポジティブだからそういう世の中、日本にしていきたいものですね。


飾り=偽り

素材=魅力

繋がり=ポジティブ

利己=衰退