夫婦とはなんなんだろう?
お客さんで夫婦両方とも面識がある方と話すとどこの夫婦もギスギスしている。
今日はご主人がいなかったから奥様の愚痴を聞いてあげた。笑
離婚している事はある意味「価値」であり多くの人は離婚してないから年上の方も私を一目を置くような雰囲気を感じている。
何せ大変だったから、苦労というのは他の誰かが経験していない価値であり、人との距離を縮めるには使わない手はない。
時には笑い、時には真剣に話して緩急をつけると話しやすくなり、尚且つ心を開いてくれる。
決して元妻を落とすようなことも言わないし、自分の正義を主張することもない。
あくまで「合わなかった」だけの話でとどめ、自分には自分の想いがあった事を話す。
そうすると相手は「どんな自分でも構わないのだ」と心を開くのだろう。
みんな周りの目を気にしすぎていて自分の想いを話さない。人はそこに自己の正義があればどんな考えをしていても構わないわけで、「誰かに嫌われる」だとか「認めてもらえないかも」と思うから自分の事は話さなくなる。
人はどこまでも「自由」でありどんな考えや想いがあってもいいと思う。ただそこに欠けてはいけないのが「思いやり」である。
意見が違くても相手を認める必要はあるのではないか?と思う。
こういう部分は仕事の話でも生かされる。相手の考えを聞き、自分がたとえ同じ意見でも違くても、他の道を提示して「こんな道もありますよ?」という事で相手が話しやすくなったりする。
なぜなら「どんな道を選択してもその人の自由」な訳で離婚話で違いの承認をしている。
私のように離婚を選ぶ者、ギスギスしながら一緒にいる者。なんだって構わないという当たり前の事を「離婚」を題材としてお客さんに示している。
既婚者と独身者が対立しているわけでは無い。商品も同じで何をどう選んでも構わないのにみんな足並みを揃える人が多い。
本当に合っている商品をご自身の雑念を振り払って真に納得できる道を選んでいただきたい。
だから離婚話してお客さんだろうと相手が年上だろうと俺は俺の信念で誰になんと言われようと俺の道を行く。だからあんたも自分の道を行けばいい。という意思を示すそうするとお客さんは自然と心を開いてくれる。
必ずしも「共感」が信頼を得るわけではない。
反対意見を述べてそれについてどう思うか?を聞く事で自分が知らない視点に気づける事も。
だから人付き合いは面白い。