今朝出社し、旅に出たペンが帰ってきたから昨日のモヤモヤがスッキリしました!
予想通り上司が持ち出し、しかも昨日休みの第三者のデスクに放置されていてその人から「〇〇、このペンお前の?」の第一声から今日の1日が始まった。
、、、、。
やはり読み通り、しかも自分の物にするわけでもなく、第三者のデスクって所がまた「どーしよーもねー」と思わせる所。
ただ読み通りだったから納得しました。
「そういうお方なのね、、、。」と。
仕事の中に人間観察の楽しみを見つけたのと、昨日このブログで悪い物を全部吐き出したから今日は穏やかでした。
人間誰しも完璧ではないし、気を張ると疲れます。上司だって完璧じゃなくてもいいわけです。
私の名前を使って仕事を受けて俺に内容を聞いてきても俺は本来なら知らないわけだけど、電話の内容とか勝手に耳に入ってきているから本来知らないはずの俺が直接話した本人より内容を把握していたり。
仕入れ金額のアンマッチを本部から指摘されて「修正するの面倒くさいからミスしないでね?」といってくるけど、蓋開けてみれば全部上司が間違えているし。
下から上に上げていく書類を私が提出したらろくに目も通さないで印鑑だけ押して返してくるし。
その他もろもろ、全てはそのズボラさが原因で、しっかりした方が仕事が楽になるのになとアドバイスしたくなる。
整理整頓にも時間はかかるけど、使う物を使う分だけ使える状態で管理するだけで絶対楽になるし、ミスや忘れが減ると思う。ズボラがズボラを生み出し負の連鎖に陥っている。
急がば回れとはまさにこの事であり、忙しい時ほど整理整頓した方がスムーズに進むのだ。
何が自分にここまで思わせるのかな?って考えてみたら、時々匂わせる「上司面」が気に食わないんだと思う。上司面はちょっと違うな。上司として扱えみたいな雰囲気を出すんだろうな。
上司にフレンドリーだったり少しバカにしたりするのが悪いのかもしれないけど、親しみこそ敬意であり、心を許している証拠だと思う。何でも話せるからこそ尊敬するし、仮に指導された時、心に響く。
偽りではなく心から尊敬させてほしいと思う。それが真に上司と認識させてくれるという事。
ズボラだって心で話ができれば「上司」と認識できると思っている。
名ばかりの上司は一番嫌いで、チームとしてまとまるなら適材適所でいいし、上司がミスしたってカバーすればいい。
独りよがりで、的を得ない事を言ったり、やったりすると一気に名ばかり上司認定となる。
上に立つという事は厳しいとか緩いとかしっかりしている、だらしないとかは全く関係なくて、心に響く何とも言えない力を持つ事で、人間力がないといけないんだなと思った。
仕事もプライベートも同じで、色々な立場があるけど、上司として認識してほしいなら「上司らしい行動を」親と認識してほしいなら「親らしい行動を」
女、妻として認識してほしいなら「女、妻らしい行動を」立場というのはそういう物だし、完璧じゃなくても相手に認識してもらう方法はたくさんある。
ボールペンが旅に出た事で人間関係の仕組みを勉強しました。