過去というのは無情にもどんどん遠ざかっていく。
取り戻せないし、振り返れば過酷だったと思う。戻れないし戻りたくないけど、どんな状況でも家庭を続けていたら幸せだったのかもしれない。
過去の私たち夫婦は不倫することより残酷な状況だったと思う。明らかな悪がないにもかかわらず何故か責められていた。またそれに対して私も何故か怒りを覚え、反論していた。繰り返す別居、私からすればくだらないことでモメる夫婦。ただその「くだらない」と思う事が不仲を招いたのかもしれない。
ポジティブ思考は物事を安易に考えやすく、生きていればなんとかなるくらいにしか思っていない。ネガティブ思考は小さな事も大きな問題にする。そこが夫婦の考え方の乖離だったのだろう。2人の時は気づかなかった。ただ子供ができた時、その差が大きくなり産後1ヶ月もしないうちに不仲となり、それが最後まで続いた。合わなかったと言われれば間違いなく大きく合わなかったし、家庭を維持していたとして不仲は絶対解消できなかっただろう。お互いにその差を埋めようと努力もしただろうし、怒り出した元妻は止まらない。子供達にもたくさん負荷をかける事になっていたと思う。
自分は自分、他人は他人と思うから今の自分も理解しているつもりだ。ただ少なくとも子供達はそんな両親ともうまくやっていたし、怒る妻や大泣きする妻を見ても「またか」くらいにしかとらえていないのか冷静だった。そんな子供達をよく労って、励ましてきた。未来に何か影が出てくるかはわからないけどしっかりした子供達だと思い尊敬している。
外で見る他人の家族を見て羨ましい気持ちになる。自分が身を引かなければどんな形であれ家庭は続いていた。悪化したかもしれないし、改善したかもしれない。少なくとも可能性はあったわけだし、父親として空白の日々を送る事もなかっただろう。切り替えて次に進めればよかったのかもしれないが自分はそんなに器用ではない。
今一番の幸せを考えた時、やはり家族を形成する事が一番に頭に浮かぶ。そしてそれは二つは存在しない。お金とか女とか見栄とかそういうものは一時の快楽であり幸せとは違く、価値の薄いものだ。
本当の幸せは尊く、小さく、辛くとも苦しくとも共に歩める家族というものであり、ただその考え自体が元妻との乖離だったのだ。元妻の幸せは当たり前で、大きく、楽であり嬉しいもの。
どちらも間違っていないんだよ。だから不仲は解消されないし、今も昔もずっと分かり合えない。
大半の人は元妻の考えがしっくりくるんだろうな。
けど今ですら考えの違いがなければ今も幸せに家庭にいたんだろうなと思う。
私のような考えはいつまでも引きづり、変わって欲しかったと思う。元妻のような考えは前を向き新たな家庭を作る。考え方と実際のポジティブとネガティブが真逆でつくづく世の中とはそういうバランスがあるんだなと思う。
そんな所が離婚を必然と思う部分であり、小さな幸せを逃した後悔でもある。その考え方すら夫婦不仲の最大の要因だから抜け出せないジレンマに襲われるのである。