心が弱っている気がする。

最近寂しい夢をよく見る。そして夢を少し操作できる事がある気がする。夢の中で行動を選んだり考えたり、夢から起きて脱出できるようになった。


離婚から自分の心は止まり閉ざされたままで、前を見ているつもりだろうけど実際には閉じているのだろう。よくわからないけどこれが「トラウマ」というやつなのかもしれない。

そういうのは気合でなんとかなると思っていたから自分自身がその可能性があると疑っている事に驚く。私のような人間が居るのは良くわかるから他人には言わないしブログでしか話さないけど。


何が自分の本当の幸せかをよく考えるけど、やっぱり家族で何もない日常を守れていたらな、、、。という結論に至る。

いつもの公園とか、いつもの会話とか、いつも行くところとか、そういうのを常に自分の周りに置いて安心したかった。ただどう頑張っても思い通りにいかない。自分の寂しさは今も昔も変わらない。最良の選択が「離婚」という選択だったし、気に食わないだけではそうはならない。どうしようもなくて追い込まれた結果それしか無かった。家族全体を見た選択だった。残ったのは自分自身の変わらない「寂しさ」だけ、、、。理解されない、理解してもらえない寂しさが時々出ると心が弱くなる。

寂しさが弱さでもあるけど、そういう経験は人に寄り添う心を持てたし、反面厳しさや強さを持ち合わせている。

言葉にするのは難しいし言葉にすると想いの重さが薄れるけど、想いとしては重たくて子供達には将来面倒くさがられるかもしれないけど、私を含め家族全員に最良の選択が「離婚」だった。だから離婚しても自分の中で想いは消えない。家庭を円滑に回す方法が私が外れる事だったと思っている。家族全員で幸せになる事が一番だけどおとうとおかあが仲悪いと全員が不幸になる。そばにはいてあげられないけど、寂しくて心が病む時もあるけど少しずつ現実を受け入れていこうと思う。


夫婦で考えれば離婚は終わりです。ただ家族で考えた時、離婚は選択であり過程だと思う。


「新しい人と、、、」なんて話は色々な人にしょっちゅうされるけど、できると思うし頑張ってみたこともあるけど私にはちょっと厳しそう。心が尚更病むし必ずしも再婚が幸せだとは思わない。相手に背負わせる部分も出る。

私の中で家庭は続いていてその途中でたまたま離婚という「選択」をしただけなのだろう。それが一番しっくりくる。