父の今後について父の当時の愛人から電話が来た。

母親がどう思うかは別として愛人との対話を通じて家族とは何か?人生とは何か?を考えている。

こちら側と向こう側、今までは当然交わる事は無かったが、本妻の子である私と、愛人本人の対話。

世の中にこんな対話のテーブルにつける人はなかなか居ないと思うし、そんな立場になれる事がまず貴重な経験である。

一般的には父子はいつも一緒に生活しており子が家庭から羽ばたく時、離れて、それからも関係が続くが、残念ながら私は生まれた時から父は家に帰らずその経験ができなかった。逆を考えればそのおかげで今このテーブルにつけると思っている。

ほとんどの人が経験する事のない貴重な経験だ。


交渉と言えば交渉なのかもしれないし、意思を伝えるだけと言えばそんなテーブルなのだが、日常でも「人ってくだらない事を気にするよな…」と思って生活しているし、自分自身もくだらない事を気にしているが、なんとなく人として冷めているのだろう。想いの弱い人間が多すぎてそもそも人間に期待していないのかもしれない。ただたまに想いが強い人が居てそんな時に嬉しくなる。

誰に対しても公平で人間味ある対応をしたいと常々思っている。


本題の対話の話



まず愛人に対して苦労を労った。

私にとって本妻の子だとか愛人の子だとかそんなのは関係なくて父は父の責任で二つの家庭を持っただけの事であり、こちらにはこちらのあちらにはあちらの苦労をまず考えた。こちら側から父を奪ったと言えばそれまでだが、なにせ生まれた時から居ないも同然だから私にはそれが当たり前だし、こっちは父無しの生活に誇りを持っている。恩着せがましく奪われたという感情すらない。恩がないからだろう。それに尽きる。だから私から見れば本妻だとか愛人だとかは本当にどうでもいい事でただただ父が二つ家庭を持っただけで逆に向こう側とは再婚しなかったから愛人止まりだった相手に一人の女性を不幸にした父の無責任さを改めて感じた。「本妻が」とか「長男が」とか私には関係ないし、人として見れば愛人も1人の女性な訳で、本来は幸せになるべき人。それなのに父が順番を間違えただけで親族から散々な言われだから半分は責任があるにせよ色々苦労もあっただろうに…だから苦労を労った。


延命処置について

こちら側特に私は生かされる事の辛さを重視して処置はしない回答をしたし、私の立場や姉の立場を考え父には何もしてもらえなかった。恨みとか僻みも全くない。それが「当たり前」だから。置かれた環境で最善を尽くすのが私の考えで、そもそもお金がなくても寄り添えるし時間が無くても離れていても想える。その「想い」を感じ取れないから私の「父親」という認識が薄いのだろう。処置しない回答の理由として想いをもらっていないから延命に関して私たちの想いも薄いのも必然。だから延命処置を同意した愛人に対して敬意を伝えたし、「そういう事だったんだ…」と思う。本妻側とは建前であり真実は向こう側が健全な家庭を築いたのだと再確認した。こんな状態で親族側から私に対して「長男だから」とか「本妻の子だから」とかそんな話が出る時点でくだらないと思うし、向こう側の家庭に対する配慮が足りないと思う。そんな考えを愛人には伝えた。延命処置をした責任を全うしてほしいし、そちら側が主導となる事を明確に意思表示した。


今後について

父の身辺の整理をお願いした。父には私と姉、向こう側には2人子供がいる。誰かがやらなければいけないが今その愛人がいた事でそれをやってくれる。

ある意味愛人が居なければ4人の誰かがやらなければいけない事で負債があれば相続放棄までは四分割してそれぞれに関わる事で、そんな処置を愛人がやる事はある意味ありがたい事であり、こちら側の半分を担ってくれている事に感謝したい。向こう側にすれば半分は自分の子供に関わる事だろうから悪くはしないだろう。ただ忘れないのは疑う心だ。愛人からしたらこちら側は憎いかもしれないから、電話口は丁寧でこちらに配慮もあるけど疑う心は必要だ。だからこれから多少の手続きがあるだろうからその時は慎重に考える。

負債があると支払い義務は相続放棄まで子にあるのだろう。ただプラスもマイナスも一銭たりとも受ける気はない。マイナスに関してはやむを得ない場合は受けるかもしれないが、プラスは絶対に受けない。それは今まで私たちに関わらなかった父に対する答えであり、父親がいない、援助もない、更には想いも無く交流も無いそんな他人のような父からの恩恵は受けない。私からすれば当たり前の意志のようなものを伝えた。お墓に関しても祖母から愛人に息子は本家の墓に入れると聞いていたようだけど相手に対して配慮がないのかな?と思う部分はあるし、遠方の墓に誰がそこまで運ぶか?誰が管理するのか?と思うし、俺にその役を任せようとする親族の圧もあるし、そんな時に考える事は、想いを与えてもらえなかったから私もも父に対する想いがない。親族はそれぞれ健全な家庭を築いているからそういう想いは芽生えるだろうけど、私たちを考えてもらえばわかると思う。想いがないのにそんな事できるわけがない。想いがある人がやるべき事でそこに「延命処置をした」重みが現れる。そういう事だし、父は無縁仏を作ったというからそれが意志であろう。父は愛人家庭にも配慮したという事だし、その行動が一番人間らしく私にはしっくりくる。何か重大な時には夜中でも電話してほしい、葬儀や墓の場所は教えてほしいと伝えた。おそらく行くとしても墓参りくらいだろう。



今回の対話を通じ、家族の意味だとか幸せだとか感謝だとかそんな事の意味がなんとなくわかった気がする。自分自身も子供達と離れて過ごす中で孤独だけどやっぱり想いは強い。ただ離れてしまった以上、子供達が私に対して想いが薄れるのは必然だろう。

夫婦とはどういう存在か?親子とはなんなのか?今までひたすら考えてきたけどやはり安心感と強い想いは重要なんだと思う。

自分の想いは子供達に伝わっているか?安心感は与えられているか?そんな事を考えたのと、自分だけが良ければいいのではなく周りに対しても公平に判断できる人間でありたいし、そんな考えになった自分の生い立ちに感謝したいと思う。