自分にとって何が幸せか?
この半年、幸せについてたくさん考えてきた。
物事というのはやはり何事も反対側があり、大雑把に言えばいい事と悪い事がある。
そもそもいい事悪い事も人それぞれだけど、自分軸で考えると様々な事が見えてくる。
今までの半生を思い返してみれば私は幸せ度の高い半生だったと思っている。
生活レベルの話をすればかなり低い水準の生活を送ってきたと思っているが、その環境だったからこそ幸せのレベルが下がり、より多くのことを幸せと思えるようになったと思っている。
私が生まれた当時から父は会社を経営しており愛人が多数いて家には帰ってこない。家庭にもお金を入れない父だった。母はどう思うかは母の人生だから私は何も言う事はないし、父に関しても同様で好きなように生きればいいと思っている。
代償として子である自分がどう思うかは母は親としてみており、父は他人のような感覚だ。
そんな所にも幸せとは何か?と考えさせられる。
母子家庭というのはお金の厳しさと、生活の楽しさを感じられとても素晴らしいものだったし、今の自分がお金にそれほど価値を感じないのもそれのおかげだろう。そして一般的には幸せを感じないような小さな出来事ですら幸せに感じられるようになったと思っている。
お金をたくさん持つという事は一見、華やかに見えるけど、私には生きづらく写り、ちっぽけな事だし、お金によって変わる人というのが本当に寂しく思う。
自分を含めて人間はお金を持つと自然と生活の水準が上がり、戻る事に苦痛を感じるようになる。
持ち家からアパートに住んだ時、それを感じたし今は逆にこのアパートこそ俺の城であり基地のようで好きである。本当は小学生の頃住んでいたトタン屋根のボロい家に住みたいけど、やはり借家は家賃が高いから不可。昔聴いたトタンに打ちつける雨音を聞いて癒やされたいと思えるのも過去の母子家庭生活のお蔭だろうと思っている。
何不自由ない家庭に生まれていたらそんな事すら感じれなかったと思うと自分は幸せだと思うし、そんな経験を自分の子供達にもさせてあげたいと思う。一般的にはツラい事かもしれないけどツラい経験が当たり前であればそれよりも豊かになれば幸せなわけだし、何より温かみだったり、努力する事の重要さや、強い気持ちを持った方がお金を持つ事よりはるかに幸せだと思う。
見栄だとか羞恥心も私の中にもちろん少なからずあるけど、そういうものに囚われている人を見るとなんか薄っぺらいというか、生きにくいだろうなと思ってしまいます。