「私は存在してはいけない」が、第1チャクラに刻まれているなぁ、と、ふと思った。
第1チャクラは、ルート(根っこ)チャクラと呼ばれていて、
3次元の、物質とか体の感覚に関係があるチャクラ。
他にも、家族、国、集団など、組織に関係があって、対応する気持ちは、安心、安定。
ACの人は大体ここが弱いよね。
家族のなかで自分が受け入れられ、承認され、安心できないと、そもそも根っこなんて育たねえから![]()
なんかこれは…母はもちろんのこと、その前の前の代ぐらいまで遡るぐらいの、大きい傷だなぁと思っている。
母は地に足のつかない、お花畑3歳児
として生き、死んでいくんだろうと思う。
彼女はおそらく、個という概念を、体感としては持っていない。
ほんとうに、ユーレイ
みたいなひとだなって思う。
わたしもそうだったし、いまもそうだけれど。
自分の体がトラウマだらけで、感じたくもないから、自分のカラダを見捨てたんだね。
そうして、意識体だけ
になった母は、わたしのカラダに、思考や観念として、入り込むのだ。
「それはこうじゃない?」
「こうしたほうがいいよ」
「ちがうと思うよ」
この間、「これを好きに調理させてね」とわたしが高菜を洗っていると、
「おひたしにするの?」と聞かれ、「漬物にするよ」といったのだけど、
妹に「おひたしがいいよね?ね?」と巧みに妹をコントロールして、
半分はおひたしにするということに決まりそうになった。(ので無視した)
母は、妹自身を、インナーチャイルドそのものにしてしまってる。
いつも、わたしと対立しそうになったとき、自分の意見は言わず、
妹を引き合いに出し、妹がかわいそう!妹はどうするの?妹!妹!と言ってくる。
妹は妹で、存在感覚が希薄すぎて、魂を抜かれすぎて、ボーっとしており、
完全に母と存在が癒着してしまってる。
実家に帰ってきて、わたしは本当は母をどう思っていたのか、
特に、母に感じていたネガティブな気持ちが、厳重な重りをのせられて、封印されているのを見つけた。
それこそが、ほんとうの気持ちであり、本当のわたしであることに気がついた。
ずっと、わたしは存在してはいけないと思ってきた。
それは、わたしが存在することで人間一人分のスペースを奪ってしまうから。
逆にいえば、この家には、人間一人が生きられる分のスペースは最初からなかったのだ。
親には、人間一人分の心とカラダを養えるだけの精神的余裕がなかった。
個としてのわたしの存在を尊重されたことなど、一度もなかった。
わたしはいつも、「奪われる」という恐怖に怯えていた。
「奪われる」という恐怖は、「邪魔」という怒りとセットだった。
わたしは、自分自身の意見というものを持ってはいけなかった。
特に、両親に対してのネガティブな感情や意見、不満(もっとこうしてほしい)は、
そう思うこと自体が裏切りで、それをすると見捨てられ、この家にいられなくなる。
両親は、わたしが彼らを拒否や嫌悪をすることを、いつも許さなかった。
赤ん坊みたいに、わたしにしたことがいつも全肯定されないと気がすまなかったのだ。
わたしには、愚痴や悪口、ネガティブなことや、批判、攻撃、もっとこうしなさい、ああしなさい、を言い放題だったのに。
そして、個人の境界線がわからない。
個人の部屋のドアは、いつでも幽霊のようにすり抜けられると思ってる。
わたしのものはいつも勝手に動かしていいと思ってる。
台所という、母の縄張りとも呼ぶべき、管理下にあるスペースにものを置いておくと、
何度「そのままにしておいて」と頼んでも、、片づけられてしまう。
それを、母は「あなたのためを思って」とか言っていたけれど、わたしのものがあることが
気にくわないのだと思う。
いつも100%母の意見に賛同し、彼女の味方であらねばならない。
この前、母親に泣きながら、「あなたは一体、誰の味方なの?」と言われたとき、
今まで、そうじゃないといさせてもらえなかったこと、母の存在のあり方に寒気がした。
心を取られたと思った。
わたしという存在を奪った虐待だと思った。
母がずっと、邪魔だった。
わたしはずっと、母親のことが邪魔だった。
どけ。どっかいけ。頼むから。重くて重くて仕方がない。
邪魔なんだ。これ以上わたしのことを奪わないでくれ。
わたしはあなたに属する存在ではなく、全く別の、わたしという個体だ。
名前も考え方も経験も感覚も何もかも、あなたとは別の生き物だ。
頼むから、わたしを生まれさせてくれ。
この世に誕生させてくれ。
なぁ。アンタが邪魔なんだ。
誕生する足をひっぱるな、悪霊め。
ありのままのわたしで、何も抑圧することなく、思ったことを感じられるわたしであらせてくれ。
わたしで在らせてくれ、頼むよ。