「結婚していても
誰かと一緒にいても
孤独を感じることがあるんだ」
「だから私は
人との親密さの中で
どうやったら孤独が和らぐのかをあなたと探求したい」
最近
ブラジルの友人がこんなことを言っていました。
とても興味深い言葉だなと感じました🤔
でも私は
その話を聞きながら少し違うことを考えていました。
私たちは普段
孤独は自分の中にあるものだと思っています。
だから誰かとのつながりによって
それを埋めようとする。
その相手で埋まらなければ
また別の人を探したりもする。
でももし
孤独そのものが
最初から自分の内側だけにあるものではないとしたらどうだろう❓
私が最近触れている主観交差の研究では
孤独も悲しみも
個人の内側に閉じた感情としては扱われていないんですよね🌿
むしろ
それらはどのような主観構造の中で現れているのか
という視点から捉えています。
私たちは普段
「私が孤独だ」
と考えます。
でもそのとき
私たちは自分の主観から世界を見ています。
つまり
他者との関係も
世界との関係も
すべて「私から見た世界」として経験しています。
この状態を構造的に見ると
孤独とは
相対主観の中で成立している経験だと言えますね😊
なぜなら
そこには常に
「私」と「他者」
「私」と「世界」
という分離が前提になっているからです。
だから孤独は
単に人がいないから生まれるのではなく
主観が分離の構造の中にあるときに立ち上がる経験として見ることもできるのです。
そして興味深いのは
主観交差の視点から見ると
分離の構造だけではなく
交わりの構造もまた存在していることです。
人と人が本当に交わるとき
そこには「私」と「あなた」だけでは説明できない何かが立ち上がります。
それは
どちらか一方の主観ではなく
二つの主観が交差することで現れる第三の視点です。
だから最近の私の関心は
孤独をなくす方法や
誰かと埋め合うことではなく
深い孤独や分離を感じている人とのHazamaに
主観交差から
どのような交わりが生まれてしまうのか。
なんですよね😊
