自然現象はコントロール出来ない。
 地球自体が若く、山は高く、海は深く、凹凸も激しいから、より平坦になる迄地殻変動はまだまだ続く。大陸は今も移動中である。更に、地球の中心には1000℃ほどのマグマがあり、時折圧力が異常に高まり、地上に噴出する機会をうかがっている。

 さらに、生物が住むに相応しい環境を持っている希な星である。空気、水、土などいのちを育む貴重な物質を持つ。これらは太陽からのエネルギーを得て活動し、循環している。

 人は一定レベルを超えた自然の営みに接した際に、数々の影響を受ける。それが著しい場合は害を受ける。地震・津波・噴火・豪雨・豪雪・風水害など、規模が大きくなると自然災害と言われる。これに加えて人災もある。

 私どもは、まだ若くて活動生の高い地球にいる限り、地球の活動を知るために学ばなければならない。地球を読まないと被害に遭う。地球を読むと言うことは地球の自然の営みの範囲を読み知ることであり、地球の活動の歴史を知ることである。
 自然災害は防ぐことが出来ないが、地球を知ることによってその被害を減じること、減災はできる。

 人間は科学、文化、文明を発達させた。しかし、自然との共存共栄の謙虚さが乏しくなって、人間だけが偉くなリ過ぎた感かある。自然の営み、自然現象をもコントロール出来ているがごとくやや増長きみに私には見える。大自然は人間だけのものではない。自然の営みは決して人間に都合良く合わせてくれない。

 そのことを忘れていないのだろうか。忘れたが故に、3.11のような大自然の活動を目の当たりにして愕然とする。そして、自然の活動を無視した人の営みに気付き人間の無力さを、時々、自覚する。

 東日本大震災は確かに未曾有の激しいレベルだったと言う見方もある。
 しかし、古い記録には類似の津波もあった。福島第一原発は50mほどの高台をわざわざ削って低くし、海抜20mほどに設置した。主に、建設上での、運用面からの経済的な理由だったと言う。それなりに事情はあっただろう。しかし、地震・津波が殆ど無い外国の設計による原発を、地震国・津波国の日本にそのまま建設した所に問題があった。さらに、最後の砦である冷却機能さえも失う可能性がある場所に設置した。今、わが国は厳しい現実に対峙している。いや、にもかかわらず、東日本大震災自体が忘れ去られ様としている。

 自然災害は自然の活動を無視した驕りの結果である。人間はもっと謙虚にならねばならない。