「ハリマヤシューズ」は、今ではほとんど忘れられた存在です。
 

 


私が初めてハリマヤのシューズを履いたのは中学3年生の時です。当時は珍しかったマジックテープのマラソンシューズです。ものすごく軽く履きやすかったのですが、ソールの摩耗が激しくすぐに買い替えなければいけなくなりました。
 

 


次も布製のハリマヤシューズを購入し、中学で初めて参加した駅伝大会で履きました。



トロフィーを持っているのが私ですが、右隣の子も同じシューズを履いていました。脱線しますが、走ったメンバーのシューズは、ハリマヤ2、アシックス3、モンブラン (コーチャー) 3です。アシックス以外は今では存在していません。 

その後はハリマヤとは縁もなく、高校時代は一度も履いたことはありませんでした。

普通で考えれば、2度と履くことはなかったと思いますが、大学で再び出会うことになります。大学陸上部のOBにハリマヤに勤務している方がおり、箱根駅伝出場の際にハリマヤのシューズが支給されました。履き心地は可もなく、不可もなくという感じです。ただ、大学時代に自ら購入することはありませんでした。社会人になってからも走り続けましたが、普通に考えるとハリマヤのシューズを履くことはなかったと思います。


わからないもので、陸上部同級生の渡辺利夫さんがホンダ浜松の陸上部に入部し、ハリマヤのシューズの支給を受けていた関係で、同じ浜松に就職した私にシューズを定期的に分けてくださり、付き合いが続くことになります。

何足いただいたのかはっきり覚えていませんが、1足だけスパイクシューズが今でも残っています。


 

 

 


ただ、ハリマヤは1990年代に廃業してしまったようです。日本のランニングシューズ製造のパイオニア的な存在だっただけに非常に残念です。

消えたハリマヤシューズを探して

昨年の大河ドラマ「いだてん」 播磨屋のモデルともなった会社ですが、ハリマヤ伝説が消えることがないことを望んでいます。