グローバル実現のヒント① 多様性の受容 | 働くママ、ただいまオランダで起業奮闘ちゅう

働くママ、ただいまオランダで起業奮闘ちゅう

Global well being (オランダ)会社代表、
日本とオランダで心理学コンサルティング会社を起業、
働く人の心の健康(メンタルヘルス)と
多様性マネジメントの心理学専門家が綴る
グローバルビジネス x 心理学 のつぶやき

「海外で必要な人材となるには 何が求められるのでしょうか。」
それを考えると実は 答えは明確に見えてきます。

「英語力」ではありません。
私たちが 生まれてから養った、培った
コミュニケーション能力
が最も重要とされます。
単なる 会話力ではありません。
どのように生きているか、どのように自分を理解し、
どのように自分と異なる他者を受け入れる事が出来るか。

つまり 本能のレベルで 多様性を肯定的に受容できるか、が重要なのです、

例えば、「私はTOEIC」で900点以上 とりましたと言う女性に
かつて会いました。
自分でも それがどんなに誇らしいか、また強みであると
アピールされていたので 仕事で海外にご一緒する際は
頼もしくも感じていました。しかし、
仕事で彼女と海外にいた際、
彼女はほとんど英語で相手と話す事がありませんでした。
彼女は 英語が得意な日本人としての「自分の殻」に囚われていました。

英語文法の正確さと語彙の適切さに囚われて
間違う事を恐れるあまり 英語を話すことが
不安になってしまったのです。

また、ある人は
日本では感じない不便さや 言葉だけでなく
態度や行動が理解できないことに不服ばかり述べていました。
あんなに憧れた海外生活ですが
始めて見ると不便ばかり。言葉の壁がさらに追い打ちとなり、
自信をなくす自分を防御するかのように
相手国の文化や人を否定的に見る
ようになりました。

学校で学んできた「英語」は
表面的な会話では役立ちますが
一歩踏み込んでコミュニケーションをとるには
自分の英語力では自信が持てず
結果、立腹、そして落胆していくのです。

海外でキャリアを実際に積む場合、
「英語力」とは コミュニケーションのための「ツール」でしかありません。


ツールとは どんなにお金をかけた高価なものであっても
実際に使えないものなら その価値を持たないのです。
むしろ、それを持つ事が
「無駄」という以上に、
もっとやっかいなことに その英語力への自信が「負担」になるのです。

かつては私も そんな狭い英語能力に囚われた一人でした。
でも、その間違いに気づかせてくれたのは 一番近くにいた夫でした。

私の夫は 英語を試験で受けるなら
自信が 全く無いと常に言います。
あまり、勉強やテストというものが 好きではないようです。
ですが、試験がプレゼンや論述なら絶対的な自信があると言います。

彼のコミュニケーション能力には 
これまでも、今でもなお、それがどこに行っても
常に驚かされます。
英語だけでなく、話す事が出来ないはずの言語圏でも
全くひるむ事がありません。
何故なのか?

言葉を超えて、相手の懐にはいるのが上手なのでしょう。
相手が 話していて不安を感じないのでしょう。

相手が不安を感じないとは、どういうことなのか。

おそらく、
こちらが相手と違う事を理解していること、

違う事が さも悪い事のように捉えていないと感じる事。
夫で言えば、違いを違うものとして本能で受容していること、
その違いに優劣をつけないこと

相手に安心感を与えるのでしょう。

さらに夫のそれは海外の どこの国籍の人とのコミュニケーションでも同じなのです。
論理的に、相手の立場に立って話す、
わかりやすく話し、確認しながら話す、
それだけではない、何かがあるのです。

そして、何より、ユーモアや茶目っ気とウィットがあるために
相手に好かれるのです。
ユーモア、茶目っ気とは 国籍に関わらず
相手に肯定されている安心感を与えます。
ウィットとは、知的レベルの高さを示すので
相手の尊敬の念を引き出します。


そうやって相手の懐に入る、そんな
会話の雰囲気を作る事ができるのです。
日本人の 常識や遠慮は 時にその場には障害になることもあります。
その常識の幅のとりかたや 遠慮の度合いを
どこに決めるか、
定量も指標も無いやりとりですから
正誤に囚われる日本人には 最も不得意とされる試練となります。


決して 文化や相手が解らない、としかめ面はしません。
解らないのは 自分の責任でも相手の責任でもないことを
本能で理解しているのです。
そのためか、相手も気さくに 面倒がらずに
会話を彼に解るように進めていきます。安心して 違いを説明するのです。

彼を見ていると、
「英語」を話すこと事態よりも、もっと大切な事があることを
学ばされます。

グローバルビジネスで勝ち抜く事、
また 海外で相手の国にとけ込んで生活するための能力とは

実は 本来のその人の人間性であり、
自分や相手との違いを 肯定的に理解し、
言語や文化の差異を超越した
人と人としてのコミュニケーション能力をもつかどうか、
だと痛感するのです。
また、それとともに、普段日本にいながら
どう 人と接しているか、コミュニケーション能力とは
そこから発しているのだと感じさせられます。


そこには、文法と語彙に見られる以上の
人間対人間の会話力があります。

英語力とは ただのツールである、
だから 海外でキャリアを積むには
日本にいる間から十分にその準備訓練ができるのです。

人の多様性を 受け入れ、
自分と異なる事を 肯定的に受け入れる能力を
身につける事が 必要なまた重要な訓練なのだと思うのです。