『就註法華経口伝(御義口伝) 上 序品』(佐後)[古写本] | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

第六 導師何故(どうしがこ)の事
 疏(しょ)に云(い)はく「良(まこと)に以(おもんみ)れば説法入定(にゅうじょう)して能(よ)く人を導く、既(すで)に導師と称(しょう)す」と。
 御義口伝に云はく、此(こ)の導師は釈尊の御事(おんこと)なり。説法とは無量義経、入定とは無量義処三昧(むりょうぎしょ ざんまい)に入(い)り玉ふ事なり。所詮(しょせん)導師に於(おい)て二(ふたつ)あり。悪の導師、善の導師 之(これ)有るなり。悪の導師とは法然(ほうねん)・弘法(こうぼう)・慈覚(じかく)・智証(ちしょう)等なり。善の導師とは天台・伝教等 是(これ)なり。末法に入り 今 日蓮 等の類(たぐい)は善の導師なり。説法とは南無妙法蓮華経、入定とは法華受持(じゅじ)の決定心(けつじょうしん)に入る事なり。「能導於人(のうどうおにん)」の能の字に心を留(とど)めて之を案ずべし。涌出品の「唱導之師(しょうどうしし)」と同じ事なり。所詮 日本国の一切衆生を導かんが為(ため)に説法する人 是なり云云。
(平成新編1724・御書全集0712~0713・正宗聖典0401~0402・昭和新定[3]2750・昭和定本[3]2611)
[弘安01(1278)年01月01日(佐後)]
[古写本・上 富士大石寺、下 京都要法寺]
[※sasameyuki※]