その当時は、今のように英語教育がそんなに盛んではなく、中学になってはじめて英語を勉強するという生徒がほぼ100%だった。しかし、私は小学校のときから塾に行っていたので、人より10歩も100歩も先を歩いて、英語のテストは毎回ほぼ100点をキープした。
中学では音楽が好きだったのもあり、ブラスバンド部でフルートを担当した。本当は打楽器をやりたかったのだが、なぜか打楽器だけは簡単なテストがあり、リズム感のない私はみごとに落ちてしまい、テストのなかったフルートを選ぶことにした。
意外と練習は厳しく、放課後や早朝に毎日3時間くらいは練習していた記憶がある。文化系のクラブとはいえ、先輩、後輩の関係は絶対で割と体育系のノリだった。おかげで県大会では1-2位を争うくらいのレベルの高さであった。
でも、本当のことをいうとクラッシックよりも洋楽大好きで、その当時人気だったイギリスやアメリカのロックグループに夢中でお小遣いをためてはレコード(その当時はLPだったのだ)を買っていた。
クィーンやKISS、DURAN DURANなどなど、今みると歴史を感じさせる面々だけど、そのときはもう人一倍、夢中だった。
ちなみに生まれて初めて行ったコンサートはABBAで、デュランデュランに限っては、ファンクラブにも入っていて、ファンレターも書いた。
そして、何をトチ狂ったのか、ある日ふと思い立ち英語でファンレターを書いた。日本語では読んでもらえないと思い込み、誰にも内緒で送ってみた。そして、私の熱意に答えてくれたのか返事は、、、
もちろん、、ない。
いったい何を書いたのか??内容は全然覚えていない。いやー、記憶がなくて逆によかった。
ちなみに私が手紙を送った相手はサイモンではなく、ジョンテイラー。
そういう理由もあり、ますます英語を勉強するようになった。毎日、毎日NHKの基礎英語を聞きながら、ぶつぶつ部屋でひとりで英会話の勉強をした。人に強制されることもなく、ちゃんとした英語のファンレターも書かねばという思いで真面目に勉強した。
そんな私をみて、誕生日に両親が買ってくれたプレゼントは「リンガフォーン」だった。カセットテープが20-30本入っている本格的なタイプだ。多分ものすごく高かったと思う。これに関しては本当に感謝のひとことにつきる。
リンガフォーンは会話中心で臨場感あふれる教材だった。いまだに覚えているのは、空港の場面で、バックに本当に飛行機の離着陸の騒音がながれて、会話がなされていたり、ちょっと遠くに離れてる人の会話も遠くに聞こえるくらいに凝ったつくりだった。私の中では本物の英語だった。