よみがえる故郷の音 | Let's take a journey!

水曜の夜のニュース番組、日本テレビ系列の「ZERO」ご覧になりましたか?


昨日の「ZERO」では、ましゃの写真展の特集が組まれていました♪



まだまだ写真展ネタ引っ張って申し訳ないんですが、ホントにいい写真展なんです!


もちろんましゃファンだからってのもあるのかもしれないですが

それを抜きにしても、写真のひとつひとつからましゃの想いが伝わってきます



そんな写真展の入口にはましゃが綴った詩があります


その詩からはましゃの故郷である長崎への想いはもちろんのこと

写真を見る側のワタシタチにも自分の故郷のことを思い出せるような、そんな内容でした




~ 残響 ~



八月のサイレン


夕暮れ路面電車


放課後の屋上 ブラスバンド


旭大橋を横切る風


見知らぬ外国船の汽笛


裏通りのライブハウス


石畳を濡らす春の雨



そこにはいつも 音があった


ギターを弾いて 歌ってた十代の頃


その中で 知らずに心に


染み込んでいた風景には


いくつかの音が 刻まれていた



時代は終わり 僕も変わる


そして遠くなる 僕がいた風景


だけど故郷(ふるさと)を想うとき


この心には まだあの音が響いている



街の音


故郷の音


僕の音



福山 雅治






何度読み返しても国語の教科書に載ってそうなくらいの叙情詩だなぁ、そう思います




昨日ましゃの朗読するこの詩を改めて聞いた時、あの写真展での写真が思い出されました


原風景・戦争の記憶・忘れられた島(軍艦島)

そのそれぞれについて、ましゃは想いを語っていましたが、もしもう一度写真展に行ったら

きっともっとその想いに踏み込んで、写真を見ることが出来るんじゃないかな



この前、魂ラジのブログにメールが掲載されたと書きましたが

そこにも書いたように「残響」ということばは「故郷の音を残す」、そういう意味があると思います



ましゃはテレビで「俺って思い出の中に映像と一緒に音が入ってるんだ」と言ってたけど

ホントにその通りで、写真を見て当時を振り返る時って自然にその時の音が思い出されるんです


例えば「あの時、こんなこと話してたっけ」とか「ここでこんな曲が流れてたっけ」とか。。。

それが忘れたくないいい思い出であっても、思い出したくない悪い思い出であっても

どんな状況であっても、何かしらの音が思い出されるんですよね





普段何気なしに見聞きしているものが、自分にとっての思い出となる

特に自分の生まれ育った場所であればなおさらのこと


ワタシも子供の頃の写真を見ても、微かに蘇る当時の音があります

周りが変わってしまっても、自分の中には残ってるんですね(^^)



皆さんは思い出の中にどんな音が残ってますか?