パラエストラ草加道場に向かってます。腰痛い。

今日から格闘技再開。試合目指す。今年は準備期間。時間かかるのはやはり体重。

電車の中で、構えについて考える。自分の過去の経験から使いやすい技を活かすには?

やはり、自分のベースは剣道。だから右利きだけどサウスポーの方が動き易い。てことで、サウスポー構えで練習します。

今日は井口さんとレスリング。一応、ボクシンググローブも用意。今年はとにかく続ける。練習に行く度にボロボロにされて、スタミナ切れて、みっともない姿をさらすことでしょう。その姿がわたしの現実。

練習に行く事。耐える事。かかっていくこと。反省と課題。また練習。それだけ。

私生活はドMプレイ?カルピス。
電車止まり、一時間の足止め。

社長にごめんなさい。いいよ、待ってるよと社長。ありがとうございます。

わたし、一時間くらいチャック開いてた!あけましておめでとうございます。

さて大宮で乗り替え。駆け込もうとする。目の前でガチャン。

こんなどうすればいいのかな?

無表情で立ち去る?思いきり悔しがる?仁王立ち?それとも電車の中の人にVサイン?

わたし、恥ずかしくて逃げちゃった。

もうすぐ職場。カルピス。
朝、社長からの電話。
「提案書、良くできてるよ。これでいこう!俺もこんなの調べてみたんだけどさ(中略)・・・明日の早朝打ち合わせて周知しよう。」
ありがとうございます。ヤル気倍増。今日は家で仕事。あとはファイターらしく髪切ったり、灯油買ったり、洗濯したり、クリーニングの引き取りとか近所のインドカレー(後程紹介します)食べたりとか。
今朝の話とは別の企画書作り終わり、母がくれた芋がらの煮物食いながら晩酌&ボウイや布袋のDVD 。どんなご馳走も、自分の親の手料理にはかなわない。お袋の味ってものがある人生に感謝。あとボウイのメンバーは神。
仕事は志。格闘技は恐怖の克服。
明日からは、飯と格闘技&ロックンロールしか書かない。仕事は頑張るの当たり前だからね。みんな同じだし。
そうえいば私生活の日記だったねこれ。私生活の更正が仕事にもつながりますように。生活能力本当にないなぁ。
芋がら、本当においしい。カルピス。
今日は宮下選手の告別式。

日本格闘技界の有名選手がたくさん集まる。

今日だけでも百数十人の参列。

そして、百人位が火葬場までついていき、遺骨を拾う。
これで本当にお別れ。

バトラーツジムの仲間達と、宮下君との思い出の地松原団地で昼飯。思い出の内容は・・・
ろくな内容じゃない。バカ話ばかり。思えば、一般社会のどこにもないぶっ飛んだ集まりだったね。よくあのジムからUFC ファイターからギブアップとるまでに飛躍したよ。

みんなこの正月、何も手につかなかったみたい。でも、もう泣かないよ。また時々みんなで集まって練習することになったんだ。

総合格闘技ってやらなきゃいけない事多すぎて、何から頑張るか決めかねてたけど、柔術中心に頑張る。

みんな散り散りになってそれぞれの場所で柔術やってるみたい。みんな忙しい中でも、週に1・2回、または月に1・2回でも続けているそうだ。

俺も負けてられない。

と言うわけで、これからますます楽しく生きる。仕事やって、雪合戦やって、さらに柔術で充実。柔術で充実!
上手くまとまったね。偉いね、俺。からのぉー、カルピス。
大切な用ができて、今回は二泊だけの帰省。

今、さいたま向かってます。

複雑・・・自分より心も体も強くてまだまだ若くて、将来を期待されてて、仲間にも愛されていて・・・

真剣に夢を追い続けた男がなぜこのような形で命を奪われるのか?

聞けば、先月の上旬には肺炎を煩い、自分で呼吸もできないほどだったと言う。

安楽死も検討されたほどだったらしい。しかし、彼は闘う事を選んだ。与えられた命を最後まで全うした。人が一生のうちに一度かかるかどうかも分からないような大きな病気をいくつも打ち破った。試合に挑む様に戦っていたそうだ。

そして大晦日、いつか自分が出るはずだった舞台。所選手の試合を見届ける約束を果たし、天に帰った。試合当日に所選手を気遣い、メールを送ったそうだ。こんな時でも仲間を大切にする男だった。

最後まで戦い切った男の、その寝顔は微笑んでいるようだったそうだ。

この記事をどう締めくくっていいか分からない。

今、大学の同級生も癌と戦っている。病気とは無縁そうな奴だった。

人生って何だろう?人は何のために強くなるのだろう?

分からない。分からない。

強くならなきゃ分からない。俺は人の気持ちが分かるほど強くない。まずは明日の朝会いに行く。。次に仕事。そして日曜から井口さんの練習。ああ、動ける様にしとかなきゃ。仕事も格闘技も、一生懸命頑張る。

いつか死ぬその日まで、夢に向かって生きる。

宮下智也選手の生き様を胸に、俺は真剣に生きる。