3/13(月)3日目、早朝(5時)から出勤のだんな様。
残されたお子達と必死に彼方此方を観ながら情報収集と買出し。
朝9時から旭ヶ丘駅前のスーパービッグで、列に並ぶ事3時間。

カップめん(1人3つ)ペットボトル飲料(1人2本)を購入。
一応仔犬姫と仔猫ちゃんの分を含めて、カップ麺買えました。
その日の夕方は、避難所の支給品をいただいてきた。
仔猿君の分って事で、わかめご飯4つ戴きました。
ご近所の仔犬姫の同級生宅とお迎えさんから、トマトなど一切れずつ戴いた。
助け合いって、本当に感謝です。

一応仔犬姫に自転車で、給水所まで行ってもらいました。
その際に、いろいろと情報もGET。
近所で、ガス漏れが起きてるとか、凄い地割れが多いです。
仔犬姫と地震翌日に歩いたときに、彼方此方道路が隆起・陥没していて、
車が通るの不可能な場所も多々ありました。

この日、だんな様の帰宅は23時。

夜21時過ぎ頃電気が回復。
電気が使えるって幸せです。
だんな様には、レンジで暖めたご飯を食べさせてあげる事が出来たよ。

3/14(月)4日目の今日、前夜は久しぶりに寝室で寝た。
σ(-_-;)もやっと1~2時間きちんとした睡眠が取れた。
朝は、みんな6時に起床、寝る前にご飯を炊飯器にセットしていたので、

暖かいご飯でおにぎりを作って、食べれた。
幸せ。

8時半頃に、黒松の生協へ出発。
9時半から開店という事で、整理券をもらう。
既に235番。予想では10時半頃購入出来るかもって言うので、待つことに。
入店出来たのは、待つ事2時間近く。
出発前に、飲み物と飴を持っていったので、助かった。
近くの黒松市民センターでトイレ等を借りれたので、これまた助かった。
でも、仔猫ちゃんは、2回目は間に合わず・・・
念のためのオムツ着用、大正解。
この地震中、何度かオムツにしてもらってた。
嫌がって泣いてたけどね。

ここで、ティッシュにトイレットペーパー、ラップ、カップ麺、お菓子を購入。
子連れには、駄菓子をプレゼントしてくれた。感謝・感謝(*_ _)人
その帰り、お隣さんの息子さんがやっているお店の前を通ると、

『炊き出しするから、おいで』と声をかけてもらいました。
買い物荷物を置いて、お店にお伺いさせていただき、おにぎりとお汁を1人ずつ戴きました。
感謝・感謝(*_ _)人

何とか、周りのご厚意に助けられてる状態です。

そして、4日目にして、やっと母親と兄から連絡が。
みんな無事でした。

だんな様の実家(青森県七戸)も3日目の夜に連絡が取れて、
1時間近く、電話を占拠されました。
そして、だんな様の伯母(仙台市泉区加茂)も無事との事。
加茂は、水は出るけど、ガスと電気はストップしてるって。

母親の居る寺岡の所は、自家発電で炊き出しをしてくれてるとの事。
そして、電気もやっと回復したって。

兄夫婦の所は、臨月だから、ずーっと気がかりで・・・
市の方から、産気づいたら、大きな病院へ行くようにと言われたそう。
兄も仕事は休んで、付いてるというので、一安心。
何かあれば、ウチに来るように伝えた。
兄達は、中山にいるので、ウチに居たほうが、オープン病院も労災病院も近いしね。
ただ、お嫁さんの実家(子平町)は、建物が老朽してて、壁が崩れたとの事。
他の被害は無かったみたいだけど、命だけでも助かって良かったって思うしかないよね。

電気が通るようになって、新聞以外で改めて今回の状況を見ると
本当に心が痛くなる。

私は、宮城県沖地震を小学校1年生の時に経験していて、今と同じような生活を経験してる。
小4の兄と2人で、水を汲みに何度も八乙女中学校へ通ったよ。
実家は、今の八乙女小のすぐ傍。その当時は、まだ、八乙女小は無く、山だった。
役所勤めの父親は、地震当日から帰宅出来ず、母親もすぐに職場へ。
2人で、日中は、水の確保してました。
食事は、干し芋をチビリチビリと食べ、夜は、ローソクの明かりで、身を寄せていました。

その頃に比べたら、今のほうが少しだけ良い環境かも。
地震が来ないのが一番だけど、過去に大地震があった宮城だからこそ
ブロック塀の崩壊が少なかったと思う。
経験しないに越したことは無いけど、何の知識も無いのは怖いと思った。

今回は、想定外の連鎖で、酷い状況で
宮城・岩手以外にも、新潟に、北関東といろんな所のプレートが地震を起こしてる。
津波の災害に遭った方々、1人でも多く助かって欲しい。
救助に駆けつけてくれた皆さんには、本当に感謝。
二次災害に巻き込まれませんように。

日常的に、幼児殺害とか、悲しくなるニュースが多かった中で、
ご近所同士の助け合い、本当に心温まる繋がり、まだまだ世の中捨てたもんじゃありません。
まだまだ、今後どうなるか分からない状況、お互いに助け合い、頑張って生き抜こう!!!!!!


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mixiに3/14にUPしていたものを転記しました。

そして、3/17にUPしてた分


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あれから一週間経とうとしてます。
我が家では、いつどんな時にでも、逃げ出せるようにと、3日目迄はリビングで、靴を履いたまま生活してました。
もちろん、コートも着たまま。

未だに、災害が遭った時から、同じ服で過ごしてます。
お風呂に入りたい、着替えもしたい。
でも、水もガスも無い。歯磨きしてる人を見た時、贅沢だなって思った。

仔猿君、オムツかぶれしてきてるけど、塗り薬で我慢して貰ってる。
仔猫ちゃんも、顔がガサガサに荒れはじめてるけど、お尻拭きで、たまに拭く程度。
チビ達に辛い思いをさせるのは、気の毒だけど、コレが戦時中だったら、泣く子は殺せって言われてた時代。
間違いなく、泣き声の大きい仔猫ちゃんと仔猿君は、殺されてしまうだろう。
それに比べたら、食べ物を仔猿君の分まで貰えるんだもん、耐えて貰わなくちゃね。

日常生活じゃ、こんなに体がボロボロだったら、家の中でゆっくりしてるだろうけど、
腕が上がらない状態でも、おんぶして、荷物持つ事が出来るからビックリだよ。
皆が頑張ってるし、チビ達が癒してくれる事で、活力になるんだよね。
現実逃避したいけど、生きなくちゃいけないもんね。
頑張れ自分。
そして、被災した皆‼
明日を信じて、頑張ろう‼
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昨日、精神的にかなり参っていて、
しばらくUPしないって思っていたけど
参っているときだからこそ
こうしてもう一度被災したときの事を吐き出す事で
PTSDを軽減できるかと思ってUPしてます。

そして、3/11(金)の地震が起きる前に
9日にあった地震の事で、こんな事をmixiにUPしてました。

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2011年03月11日00:01

ここのところの地震、宮城県沖地震の予兆なのかな?

遡る事、33年前
まだ私が、小学校に入学して間もない6月12日
宮城県沖地震がありました。
地震が起きた時、私友達の家に居て、子供二人だけで、酷く怖い思いをしたよ。
その時のトラウマで、震度1でも怖くて、身動きが出来なくなる。


実家の母親が、何年か前に言ってた話を思い出した。
この宮城県沖地震が起きた際に、その年の2月に頻繁に地震があったと。
これが、6月に来た地震の予震だったのではって。

2月に起きた地震もかなり強い物だったらしい。


この事を考えると、夏頃に大きな宮城県沖地震が来ても、不思議ではないよね。
サイクル的にも、危ないし…(25~30年のサイクルらしい)

細々と揺れてると、爆発的な揺れにはならないらしいけど、何度も地震が来るのも嫌だし、
なんとか、被害が出ないものであって欲しいなぁ。
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こんな風にUPしていた事が、虫の知らせだったのかな???
でも、ココのところの恐怖観念からは逃れられずに居ます。
今日も18:25頃に福島県沖震源の地震がありました。
もう、心が限界です。
子供たちが居なければ、発狂してるかも知れません。
今も、恐怖から心臓がバクバクいってます。
ずーっと泣き出しそうな状態を堪えてます。
手も、震えてます。
頑張ろう、頑張ろうと思えば、思うほど
震えが止まりません。

同じ経験をした家族・友人知人とは
お互いに頑張って乗り切ろうって励ます事は出来ても
離れた地域の方々からの励ましの言葉は
かなりキツイです。
沿岸部に住んでいる方々は、きっともっとつらい思いをしてるはず。
被害が少ない地域の私でさえ、こんな風になってしまうのだから
震災孤児になってしまった子供たちの心は、大丈夫だろうか???

芸能人による炊き出しや援助、
そして、ミッキーやキティなどのキャラクターの訪問は、
凄く、凄く癒しになって、笑顔を取り戻すきっかけを作ってくれる。
天皇皇后両陛下の被災地訪問も
凄く気を使っていただいて、ありがたいです。
被災地へ来ることに寄って、警備の関係など復興の邪魔にならないようにと
配慮していただいたり
1人、1人と向き合って、ゆっくり話を聞いてくださったり
こういう事で、心のケアをしっかりしてくださる。

その場には居なかったけど、同じように被災した身。
ニュースで知って、嬉しく思います。
勇気を貰いました。
各地から集まってくださってるボランティアの方々からも
もちろん勇気を貰ってます。

でも、先にあげたように
私のように精神がボロボロになってしまってる人も少なからず
居ると思います。
CMのがんばれでも、不快に思ってしまう事があるので
安易に言葉をかける事のないようにお願いします。