仕事柄、会議には付き合わねばなりませんが、何回出席しても、会議には馴染むことができません。
意識の高い人の言った立派な意見に公然と反対したり、水を差したりするのは勇気がいることなので、意識の高い意見を前に、サイレントマジョリティの我々は、本音を無理矢理押し殺し、結局はみんなうまいこと流されてしまい、そんな会議の後、私が感じるのは釈然としない気持ちや虚しさだけです。
会議の中心となった意識のお高い人にひれ伏してしまった駄目な自分に腹を立てつつ、アメリカにいた大勢の、意識の高い意見に公然と抗えなかった「隠れトランプ支持者」に自分を重ね合わせたりもしています。
本音なら良いとは限らないのは、百も承知、二百も合点のことです。時に、本音を大切にしようとする余り、本音を通り越した、ただただ野蛮な言動をとるおかしな人たちもいるのも確かです。
でも、綺麗事に毒されて、自分の本音を抑圧して、がんじがらめになるのもつらいもんです。
読んでいただいた方には、観念的すぎて、何が言いたいのか伝わりにくいかも知れませんが、今、『草枕』の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ 。兎角人の世は住みにくい 」の心境です。
ああ、会議のために時間を費やして、締め切り間近の仕事がどんどん溜まっていくー!