私人的には、お祭りは人が多すぎて苦手である。
毎年のことだが、早くこの時期が過ぎ去ってくれといつも願ってる人生があった。
しかし、自分のカメラレンズでフォーカスすることを続けてるうちに、
お祭りもその範囲の中に入ってきた。

この暑い真夏に、汗して重いキラキラ衣装を着て、
ずっと悪魔主義の歌を演説してるグループがいた。
簡単に言うと煩い声と音楽である。
しかし、
こういう爆音は、固定化された伝統常識のような空間を、
そういう思考の塊を破壊してしまう叫びのようにも聞こえる。

この山車たちは、
密集した居住空間の中で、
自分が属する行政的カテゴリーのグループを、
共同活動することにより認識する、
あるいは認識させるようなお祭りでもある。

観光客にとっては、
伝統芸術であり、
山車台数が多すぎてよくわからないが、
その迫力に圧倒される。

市を取り巻く周囲の町村がある。
その町村は近隣の市の行政に相当依存して出来てる。
例えば、高校などの教育機関、商業、建設などなど。

地方の時代、地方創生というが、
町村単位では不足部分が多すぎて意外と、いやかなり難しい。
現状は、今のところ一時的な対策としての農地水環境保全活動、
中山間活動、森林活動など、大部分が依存してる。

やはり、国、県などの多くの省庁の機関や公共施設などが必要である。
国の行政命令と指導時代から、
独立した町村になりつつあるが、
少子化、過疎化などにより多くの問題を抱えてる。

外観から俯瞰すると民主主義と書いてあるのでそう見える時代であるが、
その民主主義ボックスの中は独裁のような秘密構造になってる
よくわからない時代でもある。
私人的には、
どの大きさ、どの領域空間の、
どんな種類のカテゴリーに属してゆけばいいのか、
未設定であり、
時代のパフォーマンスプロデューサーとして活躍してる。