プーケット旅行から戻ったらインフルエンザにかかり、
その間に旅行気分が消えてしまった。
ブログに掲載するときは、いつも旅行の余韻があるうちに掲載してしまうが、
今回はどのように書いたらいいか戸惑ってる。
そのおかげで気づいたことがある。
文を書くときは、最初にテーマタイトル、主題を設定して、
そのことについて序論、本論、結論、
起承転結、
起承転結、
仮定、結論、証明のようなコンピュータ形式に従って、
文字や映像を構成してゆく。
文字や映像を構成してゆく。
私人のこれまでの方法はこの形式ではなく、
思考の中にあるイメージや不思議な感情物質、
これは何だろうと思われる現象などを、
断片的に、自由に詩のように表現してる。
これも長年続けてると、
現在の時点で理解不能な混沌とした物質たちが、
これら自分の意思とは別な活動をしてる脳内物質たちは、
自然な脳の働きにより整理整頓され、
あるいは組み合わせの相性、
あるいは組み合わせの相性、
大きさの順番のような羅列、
重力の渦のような力で結晶化される。
ある時、
テーマに向かって、主題方向に流れを変えてフォーカスし、
テーマ主題となる言葉を選択し絞り、そして決める。
テーマ主題となる言葉を選択し絞り、そして決める。
ただ、この思考方法は、
時間に相当余裕がないと無理だろう。
時間に相当余裕がないと無理だろう。
サイモンキャバレーのダンサーたちのことを思い出した。
人間の美の到達点のような領域にいる人々。

日中は宦官(かんがん)という去勢男子の高官公務員として働き、
夜はここで仕事する。

彼らは宦官かどうかは知らない。
個人的には私人もこの人々と同じような性質があるとずっと前から思ってた。
いいね!!
