プーケット旅行の掲載はそろそろ終わりにしようと思ったら、

          書いてみたいところが少しずつ出てきた。


          読み直すと、風邪をひいてたのでプーケットブログの10ページぐらいは

          具合の悪い文章になってる。

          書き直しを始めるときりがなく、

          ずっと書き直しが続くことになるので、

          大体でゆくことにした。
          


          今朝は、仏教のことを考えてた。

          というか、この仏像の思考を空想してみた。

          
イメージ 1

          プーケットの寺院で撮影、    タイトルは「 祈り 」

          少し気に入ってるのでどこかの展示会に出展してみたいフォトである。


          どこまで専門的に宗教に関する知識を得るか?

          という学習としての宗教、

          祭り、祭事儀式行事の宗教、

          修行としての宗教、

          先祖を供養する宗教、 

          悩みを解決する宗教、

          悟りを開く宗教もある。


          私人は、生きること、死ぬことを現実の中から発見して、

          そしてブッタさんの思考と同じようなことであったとしたら?

          面白い。

          実際は環境が許さないと思われるので、

          半分冗談で書いてる。


          今朝は、死について空想してた。

          肉体である有機物と命物質が離れ、

          その未知の命物質は、ある空間をある流れに乗って移動してゆく。

          海流に乗って魚たちが移動する感覚かもしれない。


          もし、それが空なら雲になり、風に乗り、

          人工衛星のようにずっと地球を輪廻しながら回転してる。


          地球の重力から離れて、

          宇宙という海の海流を、魚のような船に乗って、

          
アインシュタインの相対性理論のように光速で行く。

          これが地球上の生命にある死である。


          誕生はこの逆で、宇宙のある光速の流れに乗って、

          地球空間にやってくる。

          そういう生命たちの交流する流れを空想してみた。


          もちろん、これは証明されてないので、事実かどうかは分からない。


          タイムスリップのように、

          異次元間への移動のような誕生と死もあるんだろう。