高野山という宗教空間の、天空に住むの人々のことを考えた。
日本国という民主主義空間があり、
その中で、財産、相続、分与、貸与、売買などがある。
やはり、思考に規制や拘束がなく、
宗教の自由があり、
教育をはじめとした個人の基本的人権が認められ、
自由、平等な環境を認められてるんだろうか?
約1200年もの歴史がある宗教空間の、天空空間に住む人々は、
どのくらい戦後の日本国の法律が、
アメリカ的法律が通用するんだろう?
他にも、多くの疑問があるので聴いてみたかった。
具体的には、兄弟姉妹の財産分配など。
あるいは、固定資産税など、税に関することなど。

おそらく、高野山のような空間の環境が、私に合ってるかもしれない?
と思った。
今、住んでる場所の環境を、
ある程度整え、秩序を形成させるまで、まだ何世代もの歳月を必要とする。
それまで待ってそれからだと、100年以上過ぎてから、
そういう感じである。
やはり、涅槃に入り成仏の準備をするべきなんだろうか・・・・

いきなり雪が降ってきた。
もしかすると、この紀伊の旅は歓迎されてるのかもしれない。
壇上伽藍の中心的道場である根本大塔、
中も観てみたかったが・・・
次回があるかもしれない。
上の根本大塔前の灯篭を撮影してみた。
雪が舞ってて、まるで生きてるような表情になった。
追記
これまでは自分の旅行記録として撮影してきた。
最近は、著作権もあるが、どこまで撮影していいのか?
と悩むようになった。
あるいは、他人が撮影した写真に名前が書かれてないと、
自分の作品にしてもいい?
自分のものと、人のものが区別できない人々が多くなった。
南無大師遍照金剛は、混沌とした民主主義のような社会を、
時代を、どう思うんだろうか?
統合整備した秩序ある曼荼羅空間のようにしよう。
何百年、何千年かかるかもしれないが。

