南紀白浜の海岸沿いの椰子の木、蘇鉄(そてつ)を見て、
少し南国の雰囲気を感じながら、南部町の梅の里で梅干を購入した。
高野山までは長い渓谷を延々と登ってゆく。
標高が高くなり、視界が開けると、チラチラ舞ってた雪が、
吹雪になり外が見えなくなった。
ついさっきまで暖かな南国気分であったはずであった・・・
いきなり寒さ厳しい雪景色に変わったので、
気持ちが変化できず頭の中は混乱して沈黙となった。
交通の便利が良く、気候のいい場所に高野山という聖地があると思ってたが、
周囲は1000m級の山々で囲まれ、
いろんな意味でかなり厳しいものがある。
そして、この場所を目指して遥遥人々はやってくる。
高野山奥の院前

戦国武将の供養塔が数多くあった。
織田信長の供養等の近くから、長年、秘密で隠されてた信長本人の遺骨が
最近発見された。
芭蕉ではないが一句、
「 霊気満ち 苔生す石の 高野山 」

真言密教を受け継いだ空海は、死ねば仏になれる 「即身成仏」
を説いた。
死んだら誰もが仏になれるということではないらしい。
やはり、なんらかの修行が必要で、合格した人々がその空間に入れる。
念仏を唱えるだけでは足りない、レベルの高い厳しい宗教である。

煩悩と悟りの関係を少し・・・・
悟りとは、心の中にある差を取り払うことが始まり。
人は差によって快楽を味わい、多様な苦難を味わう。
しかし、皆さん、
諦めず、如来になることに目標設定して生きましょう。
そして、如来顔に進化しましょう。
生きるエネルギーは、食欲、性欲、睡眠欲、金欲、物欲、知識欲、権力欲など、
多様な欲でできてる。
この欲物質を燃焼させて、いかに無駄なく人生に有効活用するか、
そういうシステムの象徴が真言密教の仏像だという。
原子力施設に、文殊などのような仏教の菩薩の名前がつけられてる。
人間世界を超えた、
宇宙を支配する神仏の火のエネルギーを、
少し分けてもらってるようなイメージである。
単純に考えると太陽の火の恩恵で地球の生命は暮らしてる。