宇治橋から五十鈴川を眺めた。
せせらぎの音が、「いすす、いすす」と聞こえるか、
耳を澄ましてみた。

五十鈴川御手洗場で澄んだ流れに心を洗い、

上を見上げると、巨木に覆われた木々の隙間から日が射してる。

御正宮前の階段には、多くの参拝客が水の流れのように入出してる。
霊魂は、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)の二つの働きをもってる。
和魂は、さらに幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)の二つの働きをもつ。
漢字で視ると、霊魂は鬼の集合のように思える。
多様な鬼たちの性質が集合して、
・・・・ ある時、
特殊な鬼たちの心境物質が化学反応を起こし、
神仏の境地に変化させられた、
いや、変化した。
物質を分解、霊魂を分解、
物質を化合、霊魂を化合させる。
国家の、地方の、人間物質の霊魂を、分解化合して、
巨大な塊空間で時代を創る?・・・

20年間休みます

来い、恋、鯉・・・と、いくつもの”こい”たちが、穏やかに泳いでいた。
とりあえず、食欲に集まれ!
大きい鯉は小さい鯉より多くの食料を必要とする。
これも、平等に分配するか?
ということもあり、それからである。

日の丸という一つの空間の中に集合した、日本の民主主義を考えた。
民主主義的に、誰を敵とするか、どうやって自分の味方空間を作るか、
身の安全を謀るか?
ということがある。
集団対集団だと負ける恐れがある。
代々財産を所有してる、あるいは相続すると思われる特定人を敵にする。
多くの団体集団が、
特定の少数の地位ある人、あるいは違いがある個人を、
敵にする方法がいい時代であることに気づいた。
(プラスだけでなく、マイナスの空間もある)
止まれの赤信号でも、皆(半数以上)で渡れば怖くない。
むしろ、渡っていいことになる、渡らなければならなくなる。
そういう民主主義のような民意、
責任の無い、よく分からない意思、
昔からの慣習などで、拘束、規制などして、
人生の権利を与えない。
これで社会の仕組みを形成しようという、なんでもごっちゃの時代でもある。
政治、芸能人たちの人気が権力のような、量作戦で今日まできた。
戦後のかなり不完全な歪んだ日本空間、
というか、混沌とした日本社会は、
民主主義のような基本的骨格となる秩序を形成するため、
ようやく始まったばかりに見える。
日の丸が半分に分割される、
それ以上に分割される、
あるいは、真ん中をどこかの国に没収されて、
ドーナツ状の輪の日の丸にならないことを祈った。
風が無かった。
日の丸が見えるようにフォトしたかったので、
吹いてくれればいいと願ったら、
期待に応えてくれた。
