ある限定された空間の領域で生きてゆくことについて、
目覚めない方がいいのかもしれない?
簡単に考えると、空間の開閉的問題なのかもしれない。
目覚めた人が、目覚めない人々を支配してゆくという、
戦後の、お金空間を創ってみた。
お金に相当する次の価値はなんだろう?
地方空間を都会空間と同じと錯覚して間違ってもいいだろう。
目覚めない地方空間の中に、
隠れて一生過ごすこともある。
目覚めない人々が大部分の空間に、
ブッタさんのような頭脳を誕生させてみた。
ブッタさんは、変な人である。
そういう人々を隔離する研究所もある。
戦後の民主主義を利用して、
教育的訓練で、ブッタさんのような思考者を、
コピーで大量生産してみた。
もちろん、クリエーターもいるが、
彼らは舞台には登場せず、隠れてる人種でもある。
日本国民全員が、よく分からない民主主義ということで、
一つ一つの物事に目覚め、
現実の事実を一つ一つ理解して変化してゆかなければならないことは、
面白いと思った。
オリジナルでない個々の個人という単品、
規格も性能も大体皆同じという
大量生産の、デスカウント市場時代である。
世界的に同じ部品細胞の超大量生産である。
男女平等社会にすることは、男と女を秤にかけて、
つり合うような量的割合の組織形成なのかもしれない。
総予算を男女で均等割りして分配する。
項目はいくつあるか知らないが、役職、身分、技術、功績などにより、
少しずつ加算される。