私と国民の一部、私と地方住民の人々との関係は、
特殊な構造になってると思った。
始まりは、なんらかの理由があり、私は国家の代表的空間にいた。
その理由を、今は紐解かないことにする。
もっと分かりやすく考えると、日本の象徴天皇が住むような、
仮想空間に私の思考は住んでた。
象徴天皇も皇室一族も、民主主義や平等の秤にかけられると、
明日には最底辺の逆ピラミットの象徴にされてしまう。
最底辺の皇室の人々の上に日本国民がどっかりと乗っかり、
自由と平和な社会をつくるという作戦であった・・・
これだとやはり相当都合が悪い。
私の場合は、国を切り離して、
県あるいは昔の藩、あるいは地方自治体の範囲で、
逆ピラミット型構造にしてみた。
地方の象徴天皇には何も教えない。
孤立化させて、
それを自治体全員が観察して楽しむ。
あるいは真似して遊ぶ、財産、所有物を奪うという方法であった。
民主主義的法律を利用して土地、家などの財産を奪う作戦は失敗した。
これらは長年の歴史経験があるので事前に分かってる。
私の両親、親戚周辺の人々は巻き込まれないよう、
早々に対策を練って、私の人生や相続に反対した。
私の周囲環境を混乱させた。
つまりトラフィックジャム状態にした。
宗教的に考えると呪いである。
そうして出来た守りの寺社のような空間が、今住んでる家である。
私は、この国家的、地方的イベントは、時間が解決すると思ってたので、
それまで思考を眠らせておくことにした。
私という物質は、昭和、平成という時代でなく、
もっと先の時代物質であると、東京に住んでた頃
感じてた。
寺院にいた時、覚醒させようとしたら、
「まだ、早い。」
と天の声を聞いた。
私はこの声に従った。
時代的に早く生まれすぎた。
当然、現状維持で、私を社会に入れることなく、
このまま延長、延長となることも、
20年ほど前に予想してた。
ドーナツの輪の、何も無い中心に私がいて、
それを中心として国家が創られ、
地方が創られてきた時代空間でもある。
結果としてこの20年、30年が、超高齢長寿社会、という時代を
創ったのかもしれない。
福祉社会、そして社会保障時代と、
次々と時代の主流となる思考予算は変化してゆく。
皇室空間に住んでる人々は、逆ピラミットにしてお金を与えない、
食べるものも人々からの施しでいい。
一生、食べてゆければいい程度の日本一の貧民扱い?
そうならないための戦いにも、
気づいてから既に30年以上の歳月が過ぎてる。
そういう視点から、タイ国王室と軍事独裁政権を、
あるいは日本の象徴天皇と皇室空間という居場所を考えてみた。
皇室の相続にも、高額の税を賦課させて、
国民の為に利用するかどうかの戦いであるのかもしれない。