昭和は日本の青春時代![君も♪今日からは僕らの仲間♪]『太陽がくれた季節』と【タイガーマスク】 -3ページ目
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blogからfacebook、Twitterとお手軽に試してきた。
少し手間隙のかかるblogの更新は、次第に滞りがちとなり、お手軽なTwitterに発言の比重を移してしまったのだが、Twitterを利用する無知なネットストーカー・平山満が出現し、その退治のため、人生の貴重な時間を無為に費やさざるを得なくなってしまったのが悔やまれてならない。
Twitter利用者のモラル、安全性など、私との相性が今一つだったのを残念ながら認めざる得ない。親愛なる私のblogの読者の皆さんは知識層が多く、私のblogの希少価値を知っているため、滞りがちなblogに対しても離れず常に温かく見守り続けてくださり、気がつけばgooのblogだけでも訪問者が23万人に!(*´∀`)♪
継続は力なり。
その場で、フォロワーが増えたり減ったりを繰り返す匿名性が高くモラルが低いTwitterよりも、過去の発言でも繰り返し読み返される信用性と需要が高いblogの方が、アーカイブとしても圧倒的に利用価値が高いと再確認。


今日の画像は、戦時下の貴重な雑誌として古書マニアの間で高く評価されている伝説の【航空少年】、【飛行少年】と、あくまで参考として【航空朝日】の創刊号。虫プロ製作のアニメ映画【クレオパトラ】の宣材。


共に一般での知名度は低いが、漫画史研究家にとっては貴重な資料だ。
何故このような貴重な雑誌群が、次々と私の所に集まってくるのか。
全ては因果応報であり、自業自得。
日々の生活態度から、幸運に恵まれることもあれば不運に見舞われることもある。
【航空少年】と【飛行少年】、アニメ映画【クレオパトラ】の宣材の貴重性については、皆さんもネットで検索して確認してもらえば幸いである。(*´∀`)♪
未だ入手したばかりなので、これら貴重な雑誌群の詳細については、後日改めて報告したいと考えています。

先ずは、blogの通常更新再開の報告です。


アニメ史と漫画史研究家


本間正幸


追伸

私が【航空少年】、【飛行少年】に興味を持ったのは、土浦出身の我が師匠、故・二上洋一先生の影響である。
私の母の故郷と二上先生の故郷、土浦は、霞ヶ浦に面している。

「♪今日も飛ぶ飛ぶ♪霞ヶ浦にゃ♪でっかい希望の雲が湧く♪」

この雑誌の価値を知る二上先生が生きていたなら、研究者として私がこの雑誌を入手出来たことを、一緒に喜んでいただけただろうに。
生前、何一つ御恩返しが出来なかった不肖の弟子ですが、今も精一杯頑張って明るく元気に幸せに生きていますので、御安心を。
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先日は、アンパンマンの作者である、やなせたかし先生の訃報に際して思わず本音を呟いてしまった。
NHKBSでも、10月24日(木)に、やなせたかし先生夫妻の人生をドラマ化した「忘れないで夢を~漫画家やなせたかしと妻・暢(のぶ)~」(2013年1月12日初放送)の再放送があった。
社団法人日本漫画家協会の前理事長、会長として、日本の漫画界発展のために私財を投じて尽力され続けていたことは、一般的にはあまり知られてはいないし、本人も結して公言などしていない。
そんなやなせ先生の善意を悪用していた偽善者が、私が知るだけでも一部いたのだ。
そのような偽善者は、これからの人生において天の裁きを受けるようになるのではないか?
いや、もう既に天からの罰は、様々な形で受けていることだろう。
やなせ先生の遺志を嗣ぐような人物が、協会からも出てくればいいのだが・・・。

さて、今日の画像は、やなせたかし先生とも関係のあるアニメ映画【千夜一夜物語】のパンフレットなど。
昨年、撮ったものだ。
私の世代では、やなせ先生作品との接点は非常に少ない。
【手のひらを太陽に】と、アニメ【のらくろ】の主題歌「しっぽはぐぐんと」の作詞家、詩とメルヘンの人としてのイメージが私には強い。
映画【千夜一夜物語】も、公開時は子供だったので観てはいないので思い入れは少ない。
パンフレットは、アニメ史研究家として、大好きな虫プロ作品の基礎資料として集めたのに過ぎない。
94歳は大往生であり、天寿を全うしたのだが、その生涯は常に悲劇性を伴っていたような気がする。
やなせたかし先生の作品、そのお人柄を本当に心から追悼するのであれば、これからでもいい、アンパンマン以外の作品でも、やなせ先生作品を一つでも多く集めて読んで欲しい。
弥生美術館での展示など、やなせ先生の姿は、会場の片隅から何度もお見掛けしたし、2002年の横浜や、2006年の京都のマンガサミットなどにも参加させてもらったが、一漫画史研究家に過ぎない私とやなせ先生では立場が違いすぎるため、一、二度直接話をさせてもらったり、一、二度年賀状の返事をもらっただけだ。
やなせたかし先生に直接インタビューしたことのある所縁の研究者や、子供の頃からの純粋なファンの多くが、その生涯について熱い思いを語ってくれることを願わずにはいられない。
世代的にも、縁も薄いため、漫画史研究家である私としては、やなせたかし先生の作品研究だけは、他の評論家の手に委ねてみたいと思う。
人生の大切な時間は限られている。
手塚治虫先生や、梶原一騎先生、水木しげる先生、つげ義春先生、上田としこ先生、水野英子先生、今村洋子先生、わたなべまさこ先生、牧美也子先生、萩尾望都先生、竹宮恵子先生、桑田次郎先生、モンキー・パンチ先生、吉田竜夫先生、望月三起也先生、望月あきら先生、石井いさみ先生、ながやす巧先生、本宮ひろし先生、赤塚不二夫先生、藤子不二雄先生、横山光輝先生、石森章太郎先生、鈴木伸一先生、楳図かずお先生、田河水泡先生、島田啓三先生、塩田英二郎先生、横山隆一先生、川崎のぼる先生、森田拳次先生、ジョージ秋山先生、永井豪先生、河島光広先生、つのだじろう先生、東浦美津夫先生、永島慎二先生、横井福次郎先生、井上一雄先生、福井英一先生、武内つなよし先生、寺田ヒロオ先生、関谷ひさし先生、堀江卓先生、倉金章介先生、原一司先生、石川球太先生、松本零士先生・・・、私が子供である昭和時代に大好きな漫画作品を発表され活躍された先生方、その研究にこそ集中していきたいのだ。(*´∀`)♪


漫画史&アニメーション史研究家

本間正幸
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今夜は東日本大震災以降、私の人生の中でも最大となる哀しい報せをしなければなりません。
少年時代より心の師匠と慕い続けた元東映の平山亨プロデューサーの訃報を知り、私は次のような追悼文をblogに書きました。


皆さん、お元気ですか?(*´∀`)♪

ここ最近、諸般の事情によりブログの更新が出来ませんでしたが、私は横浜の自宅近くに新事務所をオープンさせ、最新のBlu-rayを購入し、元気に快適な日々を過しています。

東映の名プロデューサーとして知られる平山亨さんの訃報を知り、映画【ニュー・シネマ・パラダイス】で、アルフレッドの死を知った時のトトのように、土曜日の午後、横浜から大泉学園にある東映の撮影所に平山さんを訪ねて何度も通った12歳の少年時代からのことを思い出していました。

今日の画像は、大好きな映画【少年時代】と【天空の城ラピュタ】のパンフレットになります。

平山さんと初めて逢った日から34年。
いつか悲しい知らせを聞かなければならない日が訪れてしまうことを、一年以上前から日々覚悟して生きてきました。
平山さんのお人柄、人間性については、少年時代より心の師匠として尊敬し続けてきましたが、生涯変わることのない嘘のない、人間として本当に素晴らしい方でした。
もう、あの平山さんの「本間くん」と話し掛けてくれる独特の大きな声は二度と聞けないのだなぁ。


2011年3月11日、大震災の際に私は平山さんと電話で話をしていました。
そして・・・。

元気な平山さんと最後に御逢いできたのは、2010年12月末、私が御誘いした新宿紀伊國屋ホールでの無声映画鑑賞会でのこと。
上映会終了後は、毎年恒例、脚本家・石森史郎先生を囲んで、御弟子さんたちと一緒の食事会に平山先生と二人で参加。
その後、タクシーで西武新宿線の新宿駅まで行き、西武新宿線の車内まで御案内して座席を確保し、電車に乗った先生をホームでお見送りしたのです。
その後、突然病に倒れた平山さんとは、お逢いする機会もなく、時は過ぎて行ったのですが、昨年の夏、石森史郎先生から連絡があり、

「平山さんの御見舞いに行くから、私の付き添いとして本間くんも一緒に行こう!」

と、言って下さったのです。

今回の平山さんの葬儀、告別式は密葬のようですが、病気入院中の御見舞いについても、俳優さんなどの著名人や、東映時代からの関係者のみに最期まで限定され続けていました。
私と平山さんの関係を良く知る石森史郎先生だけが、付き添いの形を取って私に生前の平山さんに逢えるチャンスを作ってくれたのです。
昨年の夏、既に自力で歩行出来ないほど痩せ細り、車椅子に乗った変わり果てた平山先生の姿を見た私は、いつかこんな日が来ることを覚悟していました。

何故なら、高二の夏、父が癌のため長期入院し、一年近く見舞いや看病に通い続けた経験が私にはあるので、その覚悟も経験済みなのです。

私が17歳の時、47歳だった父の死は、その後の私の人生に様々な影響を及ぼしました。
心の師匠である平山さんとは別に、私が師事した二上洋一先生の急逝の際には、まだまだ聞きたい話も沢山あり、未練や後悔もありましたが、遺された著書を読み返すことにより、その淋しさからは解放されています。
平山さんの場合、少年時代から付き合いも大変長く、東映の助監督時代の話や、奥様とのなれそめなどプライベートの話まで、様々なお話を聞く機会が数限りなくありました。
私の場合、子供として実の父親からその人生について聞く機会が少なかった分、図々しくも父親代わりに平山先生から人としての生き方を学ばせてもらっていたのです。
平山先生の場合は、84歳の大往生であり、プロデュースされた沢山の作品や、作詞された歌の数々、そして著書があります。


今回の平山先生の大往生に際し、私は平山先生が作詞された名曲【男はひとり道をゆく】を心のテーマに、平山先生が残された映画に対する熱い思いを大切に生きて行きたいと考えています。
また、心の師匠として平山亨さんに師事していた私は、【仮面ライダー】や【戦隊】シリーズなど、平山さんがプロデュースした東映特撮作品群や俳優さんをめぐってイベントや、ネット上で争われている全ての事柄に関して、これからも一切関わる気はありません。
何故なら、平山さんが一番嫌ったことは、自分の利益のためだけに作品を利用してファン同士が争いを繰り返すことだったからです。
平山亨先生が亡くなられた現在、何時も快く電話での応対をしていただけた奥様以外、常識ある社会人として交流したいと思う方はいませんし、現在の奥様の状況では、私に出来ることもなさそうです。
(無声映画鑑賞会の会場で、平山先生の御紹介により縁が始まった、石森史郎先生と奥様には、引き続き御指導御鞭撻していただけたら幸いです。(*´∀`)♪)


最後に、かつて平山さんが【柔道一直線】や【太陽の恋人】をプロデュースするなど、縁が深く、【愛と誠】【あしたのジョー】【タイガーマスク】など、私が大好きな作品を数多く生み出した梶原一騎先生の【夕やけ番長】のラストの言葉からアレンジして、平山さんに捧げます。


平山亨はどこへ行ったのでもない。
どこへ消えたのでもない。
かれを愛してくれた視聴者諸君の心の中へと去り、そこに住みついたと信じたい。
永久の無二の友として・・・夕やけによびかけてくれ。
たとえスモッグによごれていようとも、そこからかれは諸君に語りかけるだろう・・・


平山先生、長い間、本当に有難うございました。(*´∀`)♪
これからは、先生のお力に頼ることもなく全て自力だけで人生の困難に立ち向かって行きます。
人生とは正に【男はひとり道をゆく】ですね!(*´∀`)♪

アニメと漫画史研究家

本間正幸


実は、この追悼文を書く前より、Twitter上で匿名のネットストーカーからの誹謗中傷が始まりました。
匿名のネットストーカーの発言内容から、直ぐにある人物・平山満をプロファイリングすることが出来ましたが、確固たる証拠がありません。
暫く様子を見て、ストーカー宛に誰の犯行か、犯人像は既に割り出せていることをTwitter上で何度も臭わせたのですが、余程、頭が悪いと見えて逆怨みするばかり。
遂には匿名のネットストーカー行為を認めた上で、facebook上でも、公然と誹謗中傷を始めるようになりました。
平山満の手口は、Twitterの時も、facebookの時でも、先ず必ず自分の犯行声明とおぼしき自己PRから始まります。
そして、被害妄想から始まる根拠のない虚言癖など、自分の性癖を他人に擦りつけるような発言が続くのです。
Twitterやfacebookなど、日々の発言や暮らしぶりからその人の人間性は見えてくるし、反りが合う、合わないということもあるかと思われます。
私が大嫌いなのは、ヤクザよりも偽善者です。
学生時代から教師の偽善に真っ向から対立し、天然パーマの髪質など、その風貌から不良少年と呼ばれるようになりました。
中二で170センチと皆よりも体格に恵まれ、周囲の誰よりも喜怒哀楽の気性が激しかったため、学校では目立った存在ではありましたが、弱いもの虐めなど陰湿な行為は一切せず、人種差別や暴走族も大嫌い。
高校時代、たまたま近所に住む朝鮮学校の人物と親友になると、そいつが当時の横浜の非行少年を総なめにする伝説のボスにのしあがっていったのです。
非行少年たちとの無益な争いの日々に辟易とした私は、一人大学進学を目指します。
明治学院大学社会学部社会学科進学以降、人生は180度好転し、幸せな人生を歩み続けています。
全ての悪縁を断ち切り、良縁だけを大切にしてきたこと以外に、弱いものイジメなど、卑怯な振る舞い、卑劣な振る舞いをしないということが、幸運を引き寄せると考えています。
平山満と私とでは水と油、性質が真逆となるようです。
大恩ある平山亨先生の本日の偲ぶ会に関しては、誠に遺憾ではありますが既に追悼文に明記したように欠席とさせていただきたく存じます。
この事については、石森史郎先生にも相談済みで、昨年の夏が最期の挨拶

「もうあれで別れが済んでいるからいいんじゃないか。」

と、おっしゃっていただきました。
古き良き日本人の風習として、村八分でも火事と葬式は別というのがあります。
大恩ある平山亨先生の偲ぶ会に私が参列しないのは、これ以上無駄な争い事を避けるためです。
私について平山満が語る誹謗中傷、虚言の一切は全て事実無根と神に誓って断言しますし、今後も一切関わりたくありません。

最後に、今日の画像は昨年秋、ネットストーカーと化した現在の平山満とは別人格、私が心から尊敬する平山亨先生の次男として、誠心誠意、平山亨先生の看護に尽された平山満さんから献本いただいた書籍となります。
平山亨先生の携帯での記録、若しくは住所録を元に、お送りいただけたのかと存じます。
いち早く献本いただきました細やかな優しい心遣いと気配り、少年時代からの一ファンとして、満さんに心から御礼申し上げます。
現在、私の母の体調もそうなのですが、先生の奥様のお身体の具合もあまりよろしくない御様子。
奥様の体調が回復され、健やかな日々が戻りますよう、心より御祈り申し上げます。
昭和は日本の青春時代![君も♪今日からは僕らの仲間♪]『太陽がくれた季節』と【タイガーマスク】-P1010390.JPG

アンパンマンの作者であるやなせたかし先生が亡くなった。
社団法人日本漫画家協会の前会長として、日本の漫画界発展のために私財を投じて尽力され続けていた94年の生涯。
そんなやなせ先生の善意を利用していた偽善者が、私が知るだけでも一部いたようだが、そのような偽善者は、これからの人生において天の裁きを受けるようになるのではないか?
いや、もう既に天からの罰は、様々な形で受けていることだろう。
やなせ先生の遺志を嗣ぐような人物が、協会からも出てくればいいのだが・・・。

漫画史&アニメーション史研究家

本間正幸
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今日の画像は、私が購読している読売新聞の購読者向け無料の情報誌から特集宮崎駿監督作品風立ちぬ、そして江東区森下文化センターで開催中の

「漫画少年」とトキワ荘の時代~マンガが漫画だった頃

のチラシと、

【フイチン再見!】(村上もとか)

が好評連載中(この時は巻頭カラー)の『ビッグコミックオリジナル』。

11日は弥生美術館と竹久夢二美術館のギャラリートークに参加するため猛暑日が続く都内へ。
14日は、潮来ICから車で15分の好立地条件となる母の実家の伯父さんの初盆となるため、従兄弟の運転で日帰りで帰省する。
横浜市消防の職員となる七つ年上の従兄弟は、今年の春、父である伯父の三回忌を済ませる。
上の娘は大学を卒業して無事就職。
才色兼備となる下の娘は青学に在学中。(*´∀`)♪
現在、相模原在住の従兄弟は、鶴見で独り暮らしとなる80歳の伯母を乗せた後、朝5時45分に私の自宅にも従兄弟にとって叔母となる母と私を迎えに来てくれました。(*´∀`)♪
車を新車のBMWに買い替えたばかりの従兄弟の絵に描いたような幸せな暮らしぶりをみていると、人間の幸せな暮らしとは何か?
と、改めて考えさせられます。
母方、父方、共に絵に描いたように勤勉で真面目、平凡な従兄弟達の静かな暮らしぶりと較べて、喜怒哀楽、浮き沈みの激しい私の人生との大きな落差。
高校生の時まで、親戚中でも一番出来が悪く、容姿や体格も一段劣ると評判だった私。
父の病気入院を機に改心。
その後の運命は大きく変わって行くのですが・・・。
先祖が同じでも、生まれ育った環境や境遇の違い、本人の志や才能の違いによってその後の運命は大きく違ってきます。
自分の責任で選んだ人生。
私の場合、不良少年時代、17歳での父の死など、全ての親戚の中でも一番の逆境、周囲の誰からも期待されない条件下で始まった少年時代からの漫画史研究家になる夢への挑戦だった訳です。
駄目で元々、上手く行ったらラッキーとの考え方は、周囲からの期待やプレッシャーが皆無なればこそ。(*´∀`)♪
また、関東武士集団の発祥時から、サムライとして延々と続く先祖伝来の血筋の中に息ずく武士道精神の影響もあるように感じます。

さて、森下文化センターでの【漫画少年の】展も今週末で最後となります。
私は、鈴木伸一館長と辻真先先生の対談の時と、先週日曜日のレトロアニメの上映会の時、そして今週末と合わせて三度観に行く予定です。
三度も繰返し観に行けるのは、無料の展示なればこそ。
絶対のオススメです。(*´∀`)♪

漫画史&アニメーション史研究家

本間正幸
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皆さん、お元気ですか?(*´∀`)♪

ここ最近、諸般の事情によりブログの更新が出来ませんでしたが、私は横浜の自宅近くに新事務所をオープンさせ、最新のBlu-rayを購入し、元気に快適な日々を過しています。

東映の名プロデューサーとして知られる平山亨さんの訃報を知り、映画【ニュー・シネマ・パラダイス】で、アルフレッドの死を知った時のトトのように、土曜日の午後、横浜から大泉学園にある東映の撮影所に平山さんを訪ねて何度も通った12歳の少年時代からのことを思い出していました。

今日の画像は、大好きな映画【少年時代】と【天空の城ラピュタ】のパンフレットになります。

平山さんと初めて逢った日から34年。
いつか悲しい知らせを聞かなければならない日が訪れてしまうことを、一年以上前から日々覚悟して生きてきました。
平山さんのお人柄、人間性については、少年時代より心の師匠として尊敬し続けてきましたが、生涯変わることのない嘘のない、人間として本当に素晴らしい方でした。
もう、あの平山さんの「本間くん」と話し掛けてくれる独特の大きな声は二度と聞けないのだなぁ。


2011年3月11日、大震災の際に私は平山さんと電話で話をしていました。
そして・・・。

元気な平山さんと最後に御逢いできたのは、2010年12月末、私が御誘いした新宿紀伊國屋ホールでの無声映画鑑賞会でのこと。
上映会終了後は、毎年恒例、脚本家・石森史郎先生を囲んで、御弟子さんたちと一緒の食事会に平山先生と二人で参加。
その後、タクシーで西武新宿線の新宿駅まで行き、西武新宿線の車内まで御案内して座席を確保し、電車に乗った先生をホームでお見送りしたのです。
その後、突然病に倒れた平山さんとは、お逢いする機会もなく、時は過ぎて行ったのですが、昨年の夏、石森史郎先生から連絡があり、

「平山さんの御見舞いに行くから、私の付き添いとして本間くんも一緒に行こう!」

と、言って下さったのです。

今回の平山さんの葬儀、告別式は密葬のようですが、病気入院中の御見舞いについても、俳優さんなどの著名人や、東映時代からの関係者のみに最期まで限定され続けていました。
私と平山さんの関係を良く知る石森史郎先生だけが、付き添いの形を取って私に生前の平山さんに逢えるチャンスを作ってくれたのです。
昨年の夏、既に自力で歩行出来ないほど痩せ細り、車椅子に乗った変わり果てた平山先生の姿を見た私は、いつかこんな日が来ることを覚悟していました。

何故なら、高二の夏、父が癌のため長期入院し、一年近く見舞いや看病に通い続けた経験が私にはあるので、その覚悟も経験済みなのです。

私が17歳の時、47歳だった父の死は、その後の私の人生に様々な影響を及ぼしました。
心の師匠である平山さんとは別に、私が師事した二上洋一先生の急逝の際には、まだまだ聞きたい話も沢山あり、未練や後悔もありましたが、遺された著書を読み返すことにより、その淋しさからは解放されています。
平山さんの場合、少年時代から付き合いも大変長く、東映の助監督時代の話や、奥様とのなれそめなどプライベートの話まで、様々なお話を聞く機会が数限りなくありました。
私の場合、子供として実の父親からその人生について聞く機会が少なかった分、図々しくも父親代わりに平山先生から人としての生き方を学ばせてもらっていたのです。
平山先生の場合は、84歳の大往生であり、プロデュースされた沢山の作品や、作詞された歌の数々、そして著書があります。


今回の平山先生の大往生に際し、私は平山先生が作詞された名曲【男はひとり道をゆく】を心のテーマに、平山先生が残された映画に対する熱い思いを大切に生きて行きたいと考えています。
また、心の師匠として平山亨さんに師事していた私は、【仮面ライダー】や【戦隊】シリーズなど、平山さんがプロデュースした東映特撮作品群や俳優さんをめぐってイベントや、ネット上で争われている全ての事柄に関して、これからも一切関わる気はありません。
何故なら、平山さんが一番嫌ったことは、自分の利益のためだけに作品を利用してファン同士が争いを繰り返すことだったからです。
平山亨先生が亡くなられた現在、何時も快く電話での応対をしていただけた奥様以外、常識ある社会人として交流したいと思う方はいませんし、現在の奥様の状況では、私に出来ることもなさそうです。
(無声映画鑑賞会の会場で、平山先生の御紹介により縁が始まった、石森史郎先生と奥様には、引き続き御指導御鞭撻していただけたら幸いです。(*´∀`)♪)


最後に、かつて平山さんが【柔道一直線】や【太陽の恋人】をプロデュースするなど、縁が深く、【愛と誠】【あしたのジョー】【タイガーマスク】など、私が大好きな作品を数多く生み出した梶原一騎先生の【夕やけ番長】のラストの言葉からアレンジして、平山さんに捧げます。


平山亨はどこへ行ったのでもない。
どこへ消えたのでもない。
かれを愛してくれた視聴者諸君の心の中へと去り、そこに住みついたと信じたい。
永久の無二の友として・・・夕やけによびかけてくれ。
たとえスモッグによごれていようとも、そこからかれは諸君に語りかけるだろう・・・


平山先生、長い間、本当に有難うございました。(*´∀`)♪
これからは、先生のお力に頼ることもなく全て自力だけで人生の困難に立ち向かって行きます。
人生とは正に【男はひとり道をゆく】ですね!(*´∀`)♪

アニメと漫画史研究家

本間正幸
昭和は日本の青春時代![君も♪今日からは僕らの仲間♪]『太陽がくれた季節』と【タイガーマスク】-P1010347.JPG

在野にいる一介の漫画コレクターに過ぎなかった私が、1997年にマンガ喫茶メトロポリスを開業し、2001年に【少年画報大全】を監修したのは、運命的なものだった。

2001年から在野にて漫画史研究家として活動を続ける私がブログを始めたのが2009年3月。

子供の頃から人一倍感受性が強く、喜怒哀楽など感情の起伏が激しかった私が、漫画史研究家の日々の暮らしの中で、ささやかな幸せを感じる時がある。
子供の頃から今も変わらぬファンであり、交流や面識のある大好きな漫画家さんたちの展示会や企画展の案内状が、銀座近くにある新富町の事務所や、横浜の自宅に届いた時だ。
ネットやメールでの報せでなく、昭和時代の昔と何ら変わらずに葉書や封書で届く案内が私には嬉しいのだ。(*´∀`)♪

私のところに届いた主な展示会やイベントと、私の感想は次の通り。

銀座や築地は、新富町にある私の所属事務所パインウッドカンパニーのオフィスから歩いて行ける距離なのでとても便利。(*´∀`)♪


松本零士 漫画家生活60周年記念展
松本漫画の華麗なる宇宙

パート1.松本漫画の原点
2013年4月27日(土)~6月29日(土)

パート2.松本零士と小松左京ー日本SFの出発ー
2013年7月6日(土)~9月28日(土)

パート3.松本零士とメディアミックス作品
2013年10月5日(土)~12月21日(土)

開館日時/水、木、金、土、13時-17時、金曜のみ19時まで

入館料(オリジナルパス)/各パート1000円、3パート通しパス2000円

主催/若山美術館
後援/小学館クリエイティブ
協力/日高 敏、安田 勲、零時社

業界関係者向けに内覧会・レセプションが火曜日に有り、参加して来ました。

郵便番号104-0061
東京都中央区銀座2-11-19 国光ビル4・5階

TEL.03-3542-3279

http://www.wakayama-museum.com/

画像はコレクター心をくすぐるデザインの3パート通しパス。
会期中は、何度も来館自由となるので、松本零士ファンなら早目に来館して繰り返し展示を観てはいかが?(*´∀`)♪

内覧会・レセプションには展示企画者の日高敏さん、松本零士先生本人も来館され、会場を移しての松本零士先生、日高敏さんお二人を囲んでのささやかながら心のこもったpartyに参加出来たことは、子供の頃からの【銀河鉄道999】【漫画歴史大博物館】ファン冥利に尽きるもの。
【漫画歴史大博物館】が発売された時の定価が何と5800円。
発売当時の私は中学2年生で、毎月の小遣いが2000円。
高額すぎてとても中学生の小遣いで買える本ではなかった。
仲の良かった友達のお兄さんが【手塚治虫の奇妙な世界】共々所有していたが、高価でとても大切な本なので一度だけ30分だけ見せて貰えたきり、高校三年生の頃、古本屋で再会し4500円で購入出来るまで憧れ続けた本だった。
そして・・・。
1999年5月にTVチャンピオン少年マンガ王選手権の撮影に際して、松本零士先生のご自宅で初対面。
【漫画歴史大博物館】にサインをいただく。
その後、2000年秋から2001年春までの間、【銀河鉄道999】が最初に連載された『週刊少年キング』の発行元である少年画報社の資料室に通い、光栄にも社史ともいうべき【少年画報大全】監修者の栄誉を賜り2001年の夏に発行。
現在、若山美術館理事長である若山さんに資料協力していただく。
様々な人達の協力により、34歳にて最年少プロの漫画史研究者としていち早くデビューを飾る幸運にも恵まれた。
2006年には、逓信総合博物館での企画展松本零士コレクションでつづる漫画誕生から黄金バットの時代展に協力。
日高敏さんと初対面となる。
この時の図録は、今回、若山美術館でも見本が展示されており2000円で購入が出来る。
何故なら、この時の企画展担当者が、現在の若山美術館館長である。
少年の日から憧れ続けた松本零士作品の数々。
私の世代には圧倒的にファンの多い不朽の名作【銀河鉄道999】。
星野哲郎にとって、夢の超特急銀河鉄道999号に乗車出来る高価なパスポートのように、少年の日の私にとって、高価で直ぐに手に入れることが出来なかった【漫画歴史大博物館】。
少年の日の私に、

「お前は将来、この本で紹介されている人たちや、多くの作品と出逢える運命にあるんだよ」

と、教えてあげたい。(*´∀`)♪


併せてオススメなのが

高橋真琴個展
海のファンタジー~人魚の世界~

2013.5/28(火)~6/8(土)

Open 11:00~18:30

公開中無休 入場無料

銀座ギャラリー向日葵

TEL[事務所]03-3573-1680
[会場]03-3572-0830

東京都中央区銀座5-9-13
銀座菊正ビル2F

地下鉄 銀座駅 A3出口 徒歩2分

真琴画廊 http://www.macotogarou.net/

6月1日(土)、朝一番11時に会場に訪れると、今回も、展示されている絵の殆んどが初日で完売状況だったとのこと。
初日のオープン前に並んで、会場にて即決で購入しなければ、高橋真琴先生の原画入手は出来ない。
価格は、5万円~から購入可能。
私は、2001年の個展から通い続けているのだが・・・。

昨日は日暮里ラングウッドにある日暮里サニーホールで無声映画鑑賞会に参加。

恒例となった第17回手塚治虫文化賞

贈呈式・記念イベントに今年も参加。(*´∀`)♪

日時 2013年5月31(金)
会場 浜離宮朝日小ホール(東京都中央区築地5-3-2朝日新聞東京本社新館2階)

◇贈呈式

マンガ大賞 『キングダム』(集英社)原泰久氏

新生賞 山本美希氏『Sunny Sunny Ann!』(講談社)

短編賞 『機械仕掛けの愛』(小学館)業田良家氏

◇大賞受賞記念トークイベント

原泰久氏×永井豪氏(選考委員・マンガ家)、中野晴行氏(選考委員・マンガ編集者)

主催 朝日新聞社

*毎年、受付に参加証を渡すと貰えるバッチや小冊子を集めていくのが楽しみだ。(*´∀`)♪
今年のバッチは、少女漫画の名作リボンの騎士からサファイア。
築地市場駅から会場に向かう途中で、1998年以前からの古い知り合いであり、1999年、2000年、2001年には三年連続して現代マンガ図書館で待ち合わせて一緒に贈呈式の会場まで行ったこともある内記ゆうこさんと、古くからのスタッフである旧知の男性に遭遇し、軽く会釈。
会場では、元少女クラブ編集長で、リボンの騎士編集担当だった丸山昭さんの隣の席に座る。
今年は贈呈式が長引き、式次第に予定されていた休憩無しで記念イベントに突入。
随分久し振りに京都精華大学の吉村和真氏と再会。
吉村氏は、マンガ学会設立のため準備段階から奔走し、京都から東京のマンガ史研究会参加メンバーに熱弁を奮われた時の姿が印象深い。
あの時の吉村氏の姿を知り、贈呈式の会場に来ているメンバーと言えば、審査員の一人となるヤマダトモコさんと、斎藤宣彦氏ぐらいだろうか。
13年という時の流れは、それぞれの人の立場と関係すら変えていってしまう。
私自身のスタンスは、少年画報大全発売前と現在もさほど変わってはいないのだが、かつて周りにいた人達の環境は、明暗はっきりと分かれてしまったし、今後の将来性すら見えない人達、今がピークで堕ちていくだろうと想像がつく人達もいるのだが、個人名は出さずにおこう。
生まれ育った環境や境遇など、人には運不運があるのだ。
私自身の天命は、少し皆とは違う次元にあり、残してきた実績の周りからの評価や環境、待遇にも、ほぼ満足した日々を幸せに過している。
同志社大学教授の竹内オサム先生に挨拶。
会場には、ちばてつや先生の姿も。

贈呈式・記念イベント終了後は、地方から参加してきた知人達を、銀座・若山美術館・松本零士展へ案内。
図録二千円と、小野佐世男展特製絵ハガキ16枚セットを千円で購入。

ファミレスで一緒に夕食を食べた際、翌日の都内各所への案内を私からかって出る。

6月1日土曜日、朝11時に銀座・高橋真琴展会場で待ち合わせ。
新橋で地下鉄の一日乗車券710円を購入し、銀座へ。
会場で高橋真琴先生に挨拶。
昨年亡くなられた東浦美津夫先生の訃報と、三鷹にある御自宅で撮られた東浦先生晩年の御写真をお見せしてから、現在銀座で開催されている松本零士先生個展の案内、知人達を先生に紹介していると、直ぐに会場は女性ファンで一杯になってしまった。
高橋真琴先生と東浦美津夫先生、松本零士先生、水野英子先生、牧美也子先生、ちばてつや先生は、昭和30年代当時の親しい仲間なのだ。
次に桜新町にある長谷川町子美術館へ移動。
4月27日、長谷川町子美術館発行の噂のサザエさん一巻復刻本1500円を購入して、桜新町駅前で昼食。
神保町に移動。
中野書店の西山さんなど、お気に入りの古書店からの情報収集と、復刻本などの新刊の状況を見てまわる。
東京駅と、新宿駅で知人たちとそれぞれ別れて、一人荻窪駅から歩いて杉並アニメーションミュージアムへ。
鈴木伸一館長と、8月に東京都江東区森下文化センターで開催される無声映画鑑賞会久し振りのアニメ特集について相談と報告。
鈴木伸一館長が監修と装画を担当した縁だろうか、ミュージアム売店で販売していた講談社発売、幸森軍也さんの【ゼロの肖像】(ミュージアムで購入すると、何とスタジオゼロ原稿用紙がオマケで貰えるのだからファンにはたまらない。)を1785円で購入してから東横線経由で横浜の自宅へ帰宅。
伝説のスタジオゼロは、どうなったのか?
この本を読めば全ては判るだろう。
私の口からは、今は未だ何も言えない。

さて、6月1日は、昨年亡くなられた現代マンガ図書館・内記稔夫館長の命日であり一周忌となるので、縁の人たちの多くがblogやTwitter、イベントなどで集まり故人を偲んだことだろう。
未だ駆け出しの漫画コレクターとして、少年の日に現代マンガ図書館のオープン記念の即売展に駆けつけ、内記さんに初めて出逢った頃を思い出すような一日を過ごせた。
かつて手塚治虫文化賞の会場などで、逢う機会が多かった米澤嘉博さん、内記稔夫さんと先人である日本有数の大漫画コレクター達が続けて鬼籍に入られてしまったが、在野にいる漫画コレクターとして私は私独自のまんが道を歩み続けていきたいと考えている。


漫画史研究家

本間正幸


最終回 永島慎二遺作展

2013年6月13日(木)~6月25日(火)
AM10:00~PM8:00まで

*6/19(水)のみ定休日

今年お休みさせていただくつもりでしたが、長年にわたり展覧会をさせて下さいました「喫茶室Cobu」が2013年8月31日をもって閉店する事となり、急ではありますが最後の遺作展をさせて頂くこととなりました。
三上勉氏のコレクション展も同時開催ですので、お時間ございましたら皆さまお気軽にお出かけ下さいませ。
コーヒーやケーキのとても美味しいお店です。

阿佐ヶ谷喫茶室「cobu」にて
(*「三上勉コレクション展」の作品販売はございません)

喫茶室Cobu ご案内
郵便番号166-0004
杉並区阿佐ヶ谷南1-36-12

TEL(03)3316-0241

最寄り駅/中央線「阿佐ヶ谷駅」丸ノ内線「南阿佐ヶ谷駅」

*阿佐ヶ谷駅南口を出て商店街「パールセンター」中ほどの左側にある婦飾雑貨店「スミレ」店内を奥に入った小さな喫茶店です。

昭和は日本の青春時代![君も♪今日からは僕らの仲間♪]『太陽がくれた季節』と【タイガーマスク】-P1010342.JPG

在野にいる一介の漫画コレクターに過ぎなかった私が、1997年にマンガ喫茶メトロポリスを開業し、2001年に【少年画報大全】を監修したのは、運命的なものだった。

2001年から在野にて漫画史研究家として活動を続ける私がブログを始めたのが2009年3月。
子供の頃から人一倍感受性が強く、喜怒哀楽など感情の起伏が激しかった私が、漫画史研究家の日々の暮らしの中で、ささやかな幸せを感じる時がある。
子供の頃から今も変わらぬファンであり、交流や面識のある大好きな漫画家さんたちの展示会や企画展の案内状が、銀座近くにある新富町の事務所や、横浜の自宅に届いた時だ。
ネットやメールでの報せでなく、昭和時代の昔と何ら変わらずに葉書や封書で届く案内が私には嬉しいのだ。(*´∀`)♪

私のところに届いた主な展示会やイベントの予定は次の通り。
銀座や築地は、新富町にある私の所属事務所パインウッドカンパニーのオフィスから歩いて行ける距離なのでとても便利。(*´∀`)♪


松本零士 漫画家生活60周年記念展
松本漫画の華麗なる宇宙

パート1.松本漫画の原点
2013年4月27日(土)~6月29日(土)

パート2.松本零士と小松左京ー日本SFの出発ー
2013年7月6日(土)~9月28日(土)

パート3.松本零士とメディアミックス作品
2013年10月5日(土)~12月21日(土)

開館日時/水、木、金、土、13時-17時、金曜のみ19時まで

入館料(オリジナルパス)/各パート1000円、3パート通しパス2000円

主催/若山美術館
後援/小学館クリエイティブ
協力/日高 敏、安田 勲、零時社

業界関係者向けに内覧会・レセプションが火曜日に有り、参加して来ました。

郵便番号104-0061
東京都中央区銀座2-11-19 国光ビル4・5階

TEL.03-3542-3279

http://www.wakayama-museum.com/

画像はコレクター心をくすぐるデザインの3パート通しパス。
会期中は、何度も来館自由となるので、松本零士ファンなら早目に来館して繰り返し展示を観てはいかが?(*´∀`)♪

内覧会・レセプションには展示企画者の日高敏さん、松本零士先生本人も来館され、会場を移しての松本零士先生、日高敏さんお二人を囲んでのささやかながら心のこもったpartyに参加出来たことは、子供の頃からの【銀河鉄道999】【漫画歴史大博物館】ファン冥利に尽きるもの。
【漫画歴史大博物館】が発売された時の定価が何と5800円。
発売当時の私は中学2年生で、毎月の小遣いが2000円。
高額すぎてとても中学生の小遣いで買える本ではなかった。
仲の良かった友達のお兄さんが【手塚治虫の奇妙な世界】共々所有していたが、高価でとても大切な本なので一度だけ30分だけ見せて貰えたきり、高校三年生の頃、古本屋で再会し4500円で購入出来るまで憧れ続けた本だった。
そして・・・。
1999年5月にTVチャンピオン少年マンガ王選手権の撮影に際して、松本零士先生のご自宅で初対面。
【漫画歴史大博物館】にサインをいただく。
その後、2000年秋から2001年春までの間、【銀河鉄道999】が最初に連載された『週刊少年キング』の発行元である少年画報社の資料室に通い、光栄にも社史ともいうべき【少年画報大全】監修者の栄誉を賜り2001年の夏に発行。
現在、若山美術館理事長である若山さんに資料協力していただく。
様々な人達の協力により、34歳にて最年少プロの漫画史研究者としていち早くデビューを飾る幸運にも恵まれた。
2006年には、逓信総合博物館での企画展松本零士コレクションでつづる黄金バットの時代展に協力。
日高敏さんと初対面となる。
この時の図録は、今回、若山美術館でも見本が展示されており購入も出来る。
何故なら、この時の企画展担当者が、現在の若山美術館館長である。
少年の日から憧れ続けた松本零士作品の数々。
私の世代には圧倒的にファンの多い不朽の名作【銀河鉄道999】。
星野哲郎にとって、夢の超特急銀河鉄道999号に乗車出来る高価なパスポートのように、少年の日の私にとって、高価で直ぐに手に入れることが出来なかった【漫画歴史大博物館】。
少年の日の私に、

「お前は将来、この本で紹介されている人たちや、多くの作品と出逢える運命にあるんだよ」

と、教えてあげたい。(*´∀`)♪


併せてオススメなのが

高橋真琴個展
海のファンタジー~人魚の世界~

2013.5/28(火)~6/8(土)

Open 11:00~18:30

公開中無休 入場無料

銀座ギャラリー向日葵

TEL[事務所]03-3573-1680
[会場]03-3572-0830

東京都中央区銀座5-9-13
銀座菊正ビル2F

地下鉄 銀座駅 A3出口 徒歩2分

真琴画廊 http://www.macotogarou.net/


昨日は日暮里ラングウッドにある日暮里サニーホールで無声映画鑑賞会に参加。
明日は第17回手塚治虫文化賞

贈呈式・記念イベントがあります。

日時 2013年5月31(金)
会場 浜離宮朝日小ホール(東京都中央区築地5-3-2朝日新聞東京本社新館2階)

◇贈呈式

マンガ大賞 『キングダム』(集英社)原泰久氏

新生賞 山本美希氏『Sunny Sunny Ann!』(講談社)

短編賞 『機械仕掛けの愛』(小学館)業田良家氏

◇大賞受賞記念トークイベント

原泰久氏×永井豪氏(選考委員・マンガ家)、中野晴行氏(選考委員・マンガ編集者)

主催 朝日新聞社

*ご入場の際は受付に参加証をお渡しください。


最終回 永島慎二遺作展

2013年6月13日(木)~6月25日(火)
AM10:00~PM8:00まで

*6/19(水)のみ定休日

今年お休みさせていただくつもりでしたが、長年にわたり展覧会をさせて下さいました「喫茶室Cobu」が2013年8月31日をもって閉店する事となり、急ではありますが最後の遺作展をさせて頂くこととなりました。
三上勉氏のコレクション展も同時開催ですので、お時間ございましたら皆さまお気軽にお出かけ下さいませ。
コーヒーやケーキのとても美味しいお店です。

阿佐ヶ谷喫茶室「cobu」にて
(*「三上勉コレクション展」の作品販売はございません)

喫茶室Cobu ご案内
郵便番号166-0004
杉並区阿佐ヶ谷南1-36-12

TEL(03)3316-0241

最寄り駅/中央線「阿佐ヶ谷駅」丸ノ内線「南阿佐ヶ谷駅」

*阿佐ヶ谷駅南口を出て商店街「パールセンター」中ほどの左側にある婦飾雑貨店「スミレ」店内を奥に入った小さな喫茶店です。

昭和は日本の青春時代![君も♪今日からは僕らの仲間♪]『太陽がくれた季節』と【タイガーマスク】-1369399686084.jpg

在野にいる一介の漫画コレクターに過ぎなかった私が、1997年にマンガ喫茶メトロポリスを開業し、2001年に【少年画報大全】を監修したのは、運命的なものだった。

2001年から在野にて漫画史研究家として活動を続ける私がブログを始めたのが2009年3月。
子供の頃から人一倍感受性が強く、喜怒哀楽など感情の起伏が激しかった私が、漫画史研究家の日々の暮らしの中で、ささやかな幸せを感じる時がある。
子供の頃から今も変わらぬファンであり、交流や面識のある大好きな漫画家さんたちの展示会や企画展の案内状が、銀座近くにある新富町の事務所や、横浜の自宅に届いた時だ。
ネットやメールでの報せでなく、昭和時代の昔と何ら変わらずに葉書や封書で届く案内が私には嬉しいのだ。(*´∀`)♪

私のところに届いた主な展示会やイベントの予定は次の通り。
銀座や築地は、新富町にある私の所属事務所パインウッドカンパニーのオフィスから歩いて行ける距離なのでとても便利。(*´∀`)♪


松本零士 漫画家生活60周年記念展
松本漫画の華麗なる宇宙

パート1.松本漫画の原点
2013年4月27日(土)~6月29日(土)

パート2.松本零士と小松左京ー日本SFの出発ー
2013年7月6日(土)~9月28日(土)

パート3.松本零士とメディアミックス作品
2013年10月5日(土)~12月21日(土)

開館日時/水、木、金、土、13時-17時、金曜のみ19時まで

入館料(オリジナルパス)/各パート1000円、3パート通しパス2000円

主催/若山美術館
後援/小学館クリエイティブ
協力/日高 敏、安田 勲、零時社

内覧会・レセプション有り

郵便番号104-0061
東京都中央区銀座2-11-19 国光ビル4・5階

TEL.03-3542-3279

http://www.wakayama-museum.com/


高橋真琴個展
海のファンタジー~人魚の世界~

2013.5/28(火)~6/8(土)

Open 11:00~18:30

公開中無休 入場無料

銀座ギャラリー向日葵

TEL[事務所]03-3573-1680
[会場]03-3572-0830

東京都中央区銀座5-9-13
銀座菊正ビル2F

地下鉄 銀座駅 A3出口 徒歩2分

真琴画廊 http://www.macotogarou.net/


第17回手塚治虫文化賞

贈呈式・記念イベント

日時 2013年5月31(金)
会場 浜離宮朝日小ホール(東京都中央区築地5-3-2朝日新聞東京本社新館2階)

◇贈呈式

マンガ大賞 『キングダム』(集英社)原泰久氏

新生賞 山本美希氏『Sunny Sunny Ann!』(講談社)

短編賞 『機械仕掛けの愛』(小学館)業田良家氏

◇大賞受賞記念トークイベント

原泰久氏×永井豪氏(選考委員・マンガ家)、中野晴行氏(選考委員・マンガ編集者)

主催 朝日新聞社

*ご入場の際は受付に参加証をお渡しください。


最終回 永島慎二遺作展

2013年6月13日(木)~6月25日(火)
AM10:00~PM8:00まで

*6/19(水)のみ定休日

今年お休みさせていただくつもりでしたが、長年にわたり展覧会をさせて下さいました「喫茶室Cobu」が2013年8月31日をもって閉店する事となり、急ではありますが最後の遺作展をさせて頂くこととなりました。
三上勉氏のコレクション展も同時開催ですので、お時間ございましたら皆さまお気軽にお出かけ下さいませ。
コーヒーやケーキのとても美味しいお店です。

阿佐ヶ谷喫茶室「cobu」にて
(*「三上勉コレクション展」の作品販売はございません)

喫茶室Cobu ご案内
郵便番号166-0004
杉並区阿佐ヶ谷南1-36-12

TEL(03)3316-0241

最寄り駅/中央線「阿佐ヶ谷駅」丸ノ内線「南阿佐ヶ谷駅」

*阿佐ヶ谷駅南口を出て商店街「パールセンター」中ほどの左側にある婦飾雑貨店「スミレ」店内を奥に入った小さな喫茶店です。