原爆70年 平和を誓う | Metisオフィシャルブログ「みんなに ONE LOVE じゃ~」Powered by Ameba

原爆70年 平和を誓う

今日は原爆70年を迎えました。
そう、世界ではまだまだ
戦争は終わっていません。
核兵器廃絶をあんなに訴えても
やはりどこかまだまだな雰囲気が世界に溢れています。
これまで、私は被爆者の祖父、祖母と
長い間共にし
生きてきました。戦争体験を繰り返し聞きました。学校の授業よりそれは
真実でリアリティーのあるお話で
祖母が伝える物語こそ
一番身近にあった
命の授業だったのです。

原爆ドーム。この場所に何度足を運んだか分かりません。そして、私のファンでいてくれるメティスファミリーは平和公園の清掃などに力をいれた活動も行ってくれた時、心から感謝の気持ちでいっぱいでした。きっと祖母や祖父の気持ちがあらゆる人を突き動かした結果だと思います。



20代前半。私は若い。戦争の事は想像上でしか伝える事が出来ない。でも、
伝える手段があるのだから、
精一杯原爆ドームの前で歌ったのを覚えています。



この人の為に。

私と祖母はかたい絆がありました。
広島でのlive、プライベートでの帰宅、全て祖母の家へ帰り常に大人になっても一緒にいました。liveへも足を運んでくれ、CDも全曲覚えてくれ、時に戦争体験の話や俳句をつづった紙を私の為に手書きで書いてくれました。歌にしてほしい。
そんな平和への尊さをいつまでも伝えたい人でした。


そして、広島の被爆者でありながら、語り部として生涯平和への尊さを伝えた沼田鈴子さん。この方とも絆が生まれました。


沼田鈴子さんが生きる力をもらった
被爆あおぎり。今では広島の平和のシンボルの木として有名です。悲惨な体験をしたのは人だけではない。自然も同じように放射能にさらされ叫びをあげられないままじっと耐えていたに違いありません。
だけども、強く根をはやし、強く生きなさいとあおぎりが語りかけてくれたと
沼田鈴子さんは語りました。
苦しい時に、自然から救われたのです。


そして、沼田鈴子さんの想いを聞きました。あおぎりの木の下でという曲をつくりました。瞳を閉じて。想像の扉を開きました。


そして、あおぎりの苗を子供達と一緒に植えに行った事もありました。



子供達も、あおぎりもどうしているんだろう。今日この日まで元気にしていて欲しいし、これからもそうあって欲しいと思います。

今朝。平和式典を見てました
広島市長さん。

本当に広島で生まれました私達にとっては
原爆の恐ろしさや、平和への道を歩む気持ちは今日の日によりいっそう高まります。
まだまだ
世界が平和になるには時間がかかるでしょう。だけど、一歩ずつ一歩ずつ声を絶やさないこと。過ちと希望の間で人は学び、
よりよい道を
選んでいけると私は信じています。

広島へ祈りを。
世界へ平和を。

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