映画「City of heart」について語ろうと思う。
この映画は実は実際の出来事を可能な限り忠実に描いている。数点だけ映画向きにと過剰に描いたところがあり、実際のリングに上がって闘ってはいない。
もちろんバーで乱闘騒ぎのシーンも描かれているが、それもない。
たしか僕は参加していないが「City of heart」の年代の頃の仲間達が、当時安物の指輪やアクセサリーを駅前で広げて販売している外国人のグループがいた。
その外国人の一人と僕らの当時の仲間の一人が目があったか何かで「なんやこのヤロウ」程度の睨み合いになったとかならないとか、それを居合わせた他のメンバー同士で止めに入ったくらい、そんな話を後から烏龍ハイを飲みながら友人の武勇伝話を聞いて、物語に入れてみた。
それ以外の台詞や単に遊んでるようなシーンは本当の出来事をそのまま脚本化した。
二時間分の撮影素材が撮られたのだが、初監督という事もあり、少ないギャラの中で来てくれた役者さん達には感謝があったので、ほぼ演技には何も指導も演出もしていない。
その為、後年になって使用に耐えうる箇所を選んでの現在の長さになっている。
舞台歴の長い役者さんが、古典的な歌舞伎演劇のように台詞を言ってしまうとこや、映像初挑戦の子がカメラに顔を向けないで演技してしまうとこ、それとボクシングシーンの動き等を、一応劇中で浮き過ぎないように少し伝えた。
この物語で伝えたかったのは「人間の頭脳では何が良くて何が悪いか、一見した印象では測りきれない」という事だ。
主人公や仲間達は10代後半や20代前半の男の子にありがちな無軌道にやんちゃな遊びや大人社会への反発を繰り返す。彼らはまともな大人の感覚で見れば、息子や娘達を付き合わせたくない友人達なのかもしれない。笑
しかしそんな彼らの中に主人公は無償の友情を求め染まって行く。
主人公はボクシングのパンチに代表されるような局面をひっくり返してしまうようなエネルギーと、それをコントロールしきれない精神的な脆さを隠し持っている。
その脆さに挑むのが、リングで戦う荒幡や、商売っけを持ち車を運転してタバコをふかす頭脳戦を挑む滝村だ。
彼らは実際のロールモデルが実在するが、物語上は他の実在の人物の要素も沢山入れた。
若年時から年上と取引をまとめるシーン等は僕自身の経験で補った。
「誰しもが10代に経験しそうな事ですよね」そう滝村役の役者さんは、撮影中に伝えてきて、その場ではYesと答えておいたが、真相は違う。
そんな日常的な事では映画化しようとまでは思わない。後に実在のメンバーの一人に「あれは何だったんだ?他の人はどうやら同じ経験をしていないようだ」と聞かれたので、僕は「犬と猿、猫と小鳥などが時折相性を超えて凄く仲良くなる事がある。それだと思う」と返事をした。
誤解を招く恐れを乗り越えて言えば、あれは「本物の友情を偶然にも手にしてしまった未熟者達」だったのではないかと思う。
言葉ではうまく言い表わせない。しかしあのCity of heart の世界観のメンバーに偶然選ばれた者達は、仕事を犠牲にし、人生を犠牲にし、恋人に選ばれなくても、それでもあのグループを誰もが大切にした。
実際に浮いたり、仲間を不愉快にさせる発言が多くてグループから外された者達も「自分は死んだ方が良いのかなって考えた」という者達もいる。
あの瞬間、3年間か4年間僕らは確かに天下を取った気分に浸っていた。
そんな本人達にとっては確かに魅力的な、通常は手に入らない宝物だと、それを我が物にしたいと考えてしまうものが現れてくる。
35分程度に編集されたバージョンには収録されていないが物語上も実際上も、狡猾にグループのリーダーになろうとするものが他にも現れて来ていた。
話を映画の内容に戻そう。
主人公はやんちゃな仲間達と過ごす中で知らず知らずにコミュニケーションの本質を学んでいる。実はこれがどんなジャンルの仕事で進んで行くにしても必要な能力なのだ。
そして男の子達というのは女の子が全員少年ジャンプや英雄伝記に出てくるようなお姫様だと思っている。実際は現実の人間なのに。
リングの中で女性の取り合いの事で感情的にぶつかり闘い合う主人公の相沢と武闘派ライバルの荒幡だが、実は当の女性からしたら顔を出しているグループの中で子供っぽいけど魅力はある子達くらいに接している可能性がある。しかも別にリング上の勝者のトロフィーみたいに思われるのも同意した事もない。その事に二人の血気盛んな男の子達は気がついていない。
このリング上の闘いは実は頭脳派ライバルの滝村に仕掛けられたもので、武闘派の荒幡の誠意ある告白で主人公はそれに気がつく。
最後に車と主人公の歩く方向が別々というラストシーンがあるが、その前の会話で「もう騙されないぞ」と主人公が運転席から話しかける滝村を警戒している。
主人公の相沢が信頼を寄せ、他を犠牲にする程の本物の友情を感じ、自身を成長させてくれた存在全体が最初からか、それとも途中からか仕掛けられた嘘だった事に気がつく。
そして滝村が「今日の夜はどこへ行くんだ?」と聞くように当ても資源もないような荒野へと乗り出して行く主人公。
物語はエンディングを迎える。
若者が1つの気のあったグループを抜けて次の旅へと向かう。それだけでなく会社を抜けて独立を目指す、経営者やビジネスリーダーが次のステージへと誠実に向き合って行く。
そういった全てのステージに同じ事が言える。
効率的に進めば、周りよりも損をしないで、誰よりも先にゴールにつき、ライバルに勝ったり良い思いが出来たりする…そんな風な考え方に取り憑かれ実際は失敗を繰り返していく…日々前向きに挑戦する若者にこそ映画内部に潜む普遍の法則を見い出してほしい映画だ。
業界の作り手側に関わるプロからすると、歴史的な観点からみても非常に評価が高い本物の映画要素を備えた映画になっている。
ただそれを理解する者は少ない。











