今年も早くも3日めになりました。

あすは仕事始め。

もう充分すぎるほどゆっくりしたので、

そろそろ仕事モードに切り替えなければ、

という感じです。


お正月もお仕事だった方、

こんな書き出しでごめんなさいm(_ _ )m



突然話題は変わり、

私は去年まで厄年でした。

後厄(あとやく)というやつでした。


”昔の風習だ”と思いつつ、

そういうことを気にするタイプなので、

年が明けて、少しすっきりしています。


厄年とは、ざっくり言うと、

厄災(災い)が多く降りかかる、といわれる

年齢のことで、男性では25、42、61歳、

女性では19、33、37歳。

このうち、大厄と言われるのは

男性42歳、女性33歳だそうです。


私は、去年は42歳の後厄だったわけです。


ここで解説ですが、現在私の満年齢は42歳。

厄年まっただ中の年齢なのに、なぜ厄が明けたか?

というと、厄年は「数え年」で計算するからです。


数え年とはお正月を迎えるとひとつ年をとる、

という計算方法で、12月29日生まれの人は

生まれたその日が1歳。3日後、1月1日を迎えると

2歳になる。そんな計算のやりかたです。


いっぽう満年齢は、生まれた日から

次の誕生日を迎えるまで0歳ですから。


数え年を私に当てはめてみると、

1968年4月26日に生まれて1歳。

1969年1月1日に2歳。


これが満年齢だと1969年4月26日に

ようやく1歳になる、ということですから、

普通で1歳、最大2歳、満年齢との

誤差があるわけです。


だから数え年で言うと、私の今の年齢は44歳。

誕生日を迎えるまでは2歳差、誕生日を迎えると

1歳差。

この1歳差は、生まれたときに

1歳と言うか(数え年)、0歳と言うか(満年齢)、

の差です。


「お正月になって、またひとつ歳をとりました」と

お年寄りたちが言われるのは、

数え年の数え方が根付いているからですね。



厄年からちょっと話題がそれましたが、

厄年の間はどんな感じだったか、というと、

「大過なく、過ごせたなあ」という感じです^^

考えてみれば、大厄の年にブログを始めたわけで、

これも充実していますし。


…やっぱり迷信!?


でも、前厄、後厄も含めて

肉離れを4回起こし、

前の記事 のように腰が悪くなったり、

体の衰えは目に見えるようですね。


今度やってくる男性の厄年は61歳。

現在の定年の年にもあたるわけで、

社会的な環境の変化がもろにやってくる

年でありましょうか。

(ただ、定年の年齢は上がるでしょうね^^;)


皆さんの厄年はいつか。

ここをクリックして 確かめてみてはいかがでしょうか?



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(これは、H22.2.8と同じ記事です。)


その異変に気がついたのは、日曜日の朝だった。

日曜日の朝は、いつもより1時間ばかり遅く起きるのが習慣になっている。

その時間になると、自然と覚醒するのだ。

そして、この日も同じ時間に覚醒した。


「あ、今日は日曜日だったな」と思い出しながら、

起きようとして上体を起こそうとした、そのとき。



「うぎゃやあああああ…」。



…腰に電流が走った。悲鳴を上げたかったが、

上げられないほどの痛みだった。



しばらくその電流が腰の中を行ったり来たりしている。

その間、私はそのままの姿勢で電流が収まるのを待つしかなかった。

堪えて、堪えて、堪えて。その姿勢のままで堪え続けた。

電流が収まるまで1分近くかかったと思う。



……………。



体を横たえたままの私は、痛みが収まった安堵感の中に漂った。


「またやったな。“きより腰”だな、たぶん…」


この痛みには覚えがある。


“きより腰”とは、この地方の方言であり、一般的には“ぎっくり腰”という。

腰に“きよっ”とした痛みが走るから、“きより腰”というのだと思う。


まだ私が若い頃、25歳頃だっただろうか。

特養の入浴介助で初めて“きより腰”になった。

それ以来、あまり腰の調子が思わしくない。



安堵の気持ちは、すぐさま恐怖感にとって変わった。


「俺はこのまま、どうするんだろう…」


身動きひとつとれないのだ。

いや、正確には上腕から指先までは動かすことが出来る。

動かせないのは体幹と足。

わずかでも動こうものならさっきの電流が私の体を駆け巡るのだ。


横たえたままの姿勢で3~4分が過ぎただろうか。

「歳を取ると時が経つのが速い」と言うが、

その体勢での3~4分は私の人生の中でも

5本の指に入るほど長い時間だった。


それと、動けなくなると思うと、横たえた体の、

下になっている右脇腹から右ふくらはぎまでの部分が

ジリジリと痛み始めた。その感覚は時間が経つほどに鋭敏になる。


早くこの姿勢をやめなければ褥瘡が出来てしまう…。


余分な脂肪がついているので栄養状態は悪くはないが、とにかく痛いのだ。

とそのとき、もうひとつの恐怖が私の頭のなかを占領し始めた…。


いや、正確には下半身に、である。


…尿意をもよおしてきたのである。



(つづく)





突然の小説風。

よかったらお楽しみください^^

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(これはH22.1.23と同じ記事です。)



これで、3回目の「0歳児の太鼓」ネタです。

第1回、第2回は、こちらをどうぞ。→第1回  →第2回



さて、人間は生まれたときからいろいろな経験をとおして、物の意味を知っていきます。0歳児が太鼓を叩くことも、はじめから、それが太鼓であることを知っているわけではなく、経験を通して太鼓であることを知ります。



この世の中すべてのものを知るのは、経験です。

見る、聞く、触れるなどの五感を通した経験です。



これをやや強引に認知症に当てはめて考えてみたいと思います。



認知症の主症状は「記憶障害」と言われています。いわゆる「物忘れ」といわれるものです。

そして私は、認知症は「喪失していくことの恐怖・混乱」の結果が、認知症の症状として現れるのではないか、と思っています。



さて、その「喪失する」ということですが、重度の認知症の方たちは、物の意味が分からなくなっているからああいう行動を起こされるのだろう、と思っています。



長期記憶のひとつに「意味記憶」をいうものがあります。

「意味記憶」とは何か。少し、文献を紐解くと。



「読むという行為は、多くの読者にとっておそらく非情に慣れ親しんだ行為であるため、思い出すという作業をあまり意識せずに、かなり自動的に文章を理解できているような印象を持つかもしれない。しかし、もしも文字や単語の読み方を思い出すことができなければ、当然、その内容を理解することはできない。(中略)われわれが日常生活において常日頃から行っている行為のほとんどは、文字や単語などの知識を自動的に思い出す能力によって支えられていると言える。このようなわれわれの持つ「知識」に関する記憶を意味記憶と呼び…」(『認知科学への招待』(研究社)P32



ということだそうです。



例えばこのブログを読むことも、日本語を知識として知っているからできるのですが、そのことをほとんど意識しないまま、私たちは読む行為を行っています。



また、言葉や文字も小さい頃から学んだ経験があるからこそ、読んだり、しゃべったりすることができるのです。



それも、日本で生まれれば日本語を、中国で生まれれば中国語を、イギリスで生まれれば英語を身につけます。



0歳児が太鼓の意味を見つけることも、日本語を身につけることも、「意味記憶」として獲得して、日常生活の中では無意識にそれに支えられて生活しています。


続く 。)



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