コーンフレークはすきですか。

ぼくはコーンフレークがとても好きだとか嫌いだとかいうことは別段ないのですけども、コーンフレークに関してはいくぶん特別な感情を抱いているんです。

というのも、コーンフレークはぼくたちの深層心理の奥深くにまでしみこんでくる浸透力があるからです。
コーンフレークのしみこみかたはすごい。
この浸透力は、象徴力 につながります。
ぼくたちの心の奥底に沈殿しやすいコーンフレークは、何かを象徴する力があるのです。

ライフスタイル広告というものがあります。
ライフスタイル広告とは、商品の機能や値段を詳しく説明して宣伝するのではなく、商品を使った結果、このような優雅な生活がおくれますよというイメージを消費者に植え付けて、強力に心に焼き付けようとするスタイルの広告です。

最近よく見る車のCMは機能を売り込んだりすることはあまりありません。そうではなくて、美女を助手席に乗せてだとか、家族で楽しくわいわいドライブに出かけてだとか、使用イメージをすりこませる、ライフスタイル広告の手法がよく見られるんです。

コーンフレークにもこういった特徴があります。はっきり言って、コーンフレークはその味がどうとか、栄養がどうとか、どうでもいいのです。
エレガントライフを象徴する力こそが、コーンフレークの最も価値ある性質なのです。

たとえばあなたは、アメリカときいて何を思い浮かべますか?
ぼくは、朝パジャマで寝ぼけながらキッチンの上の戸棚からコーンフレークの箱を取り出し、皿に牛乳を注いでテーブルで食べる、一連の流れを想起します。
ぼくの中では、コーンフレークはアメリカなる強大な存在をを象徴してるんです。
すごいでしょ、これ。

コーンフレークってほんで「その手があったか!」みたいなポジションなんですよね。
アメリカのシンボルを務めるほど強力である一方で、「あ、そういえばおまえおったね!」みたいな。
コーンフレークの啓蒙活動の多くを担っているのはおそらくアメリカンホームドラマです。フルハウスなんかが大いにコーンフレークの存在を我々の脳の奥深くに刻み込んでいます。
そして私たちは、フルハウスを見て、「あ!コーンフレークってあったね!食べたい!明日から食べよう!」という気になるのです。

まとめますと、
ぼくはいつか、たぶん来世で、食品会社を設立しようと考えています。
社名は「仲直り印」にしようと思っています。
そしてわが社のビジネスの基幹となるのが、このコーンフレークです。
理由は前述のとおり、コーンフレークには象徴する力があるからです。
そして、肝となるのが、食品事業と平行してコンテンツ事業をもつことです。
フルハウスの例にならって、ホームドラマやバイラル広告などを自社制作し、食品啓蒙活動につなげる。
これから食品事業は熾烈な価格競争に入っていくことでしょう。その中で、自社でコンテンツを作れて、うまくブランドイメージの構築に成功した企業はかなり有利になると言えるでしょう。
ぼくが来世で目指すのは、こういった食品ビジネスモデルであり、そのさきがけとなるのがコーンフレークなのだという話でした。
こんにちはmetheglinです。

最近改めて、男と女の違いについて思うことがあります。もちろん例外もありますが、統計的に見るとこういう差が出るだろうという見解です。

男は英雄に憧れます。
不特定多数の人々にとっての尊敬の的でありたいと思います。だから、社会的地位や社会的功績を得たいと考えます。
逆に言うと、彼らは大抵、ひとりの女性から愛されているだけではもの足りないと感じます。
この女がだめでも、この女が。この女がだめでも、この女がいる。みたいな状況を作りたいと考えます。

女はこの逆です。
好きになった特定のひとりととことん仲良くなって、ずっといっしょにいたいと思います。

このような男と女の性質は根本的に矛盾しています。
男はそもそもひとりの女に愛されるだけではものたりないのに、女は自分だけを愛してほしいし、自分もその男だけを愛したいと思う。
この矛盾はおそらくしばらくいっしょに暮らしてから顕在化します。
仲睦まじい2人の関係を切り裂く口火を切るのは大抵男です。
男はいっときは夢中になってもしばらくすると興味がほかに移ってしまう。そんな性格があるからです。

そんなくだらない男には以下のような特徴があります。

1.社会的地位を得るとか、有名になりたいという感情が強く、さらにそれがもてたいからという動機からくる
2.初対面の人やご近所さんや仕事場などではかんじがいいのだけど、内輪になると急に態度が冷たくなる
3.家庭を築くことに興味がなく、「女の、”特定のひとりととことん仲良くなって、ずっといっしょにいたい”」という感覚に理解が全くない、むしろ馬鹿にしている

このタイプは一見魅力的であるかもしれません。
饒舌に夢を語り、輝いて見えるかもしれない。

けれどもこのタイプは実際、魅力的でもなんでもないことがあります。
自分の身の程をわきまえないで、目立つことばかり考える。
社会的地位や功績を得られるような優れた人間がこの世に一体何人いるでしょうか。
結果、彼らは不特定多数の人間からは知られもしないばかりか、一番肝心な内輪の人間からの信頼を失ってしまうのです。

ぼくのまわりにいる女性はなかなかどうして尊敬できる人が多いです。
彼女たちは総じて口は弱いし、頭が悪そうなかんじなんですが、無意識にものごとの肝をおさえている、そんなかんじがします。
いるべきときにそこにいて、やるべきことをやるし、そして知らず知らずのうちに大きな支えになっているというかんじがします。

問題なのは、前述のような駄目男は、女のそういういいところに気がつかないことです。
つまるところたとえばそういうところに気がついていない男は、その女のことが好きではないのです。
一時の性欲を勘違いして、好きだ好きだと言っているのです。

ということを最近思っていました。
とにかくぼくはプライドだけは高いこの類の男に、もっと女をよく観察してみてよと言いたいです。したり顔で政治の話をすることがかっこいいとか思っている男よりかは、よっぽど尊敬できるよと言いたいです。
あと最後に付け加えると、こんなことを言ってるぼくですらも浮気を絶対にしないと自信を持って言えないってことが、人間っておもしろいねってことを言いたかったです。