ああ、もう!

ウォーキング帰り、私は焦っていた。たまたま美味しそうなとうもろこしを見つけ、〝夏も終わり。食べられるのは今しかない!〟と買ったものの、時間がギリギリになってしまった。



ときめきコーナーにあったため、今日食べなきゃ傷んでくる。しかし、いつものパッ缶仕様ではない。ちゃんとゆでてそぎ取らないと。

おのれのマイペースさを忘れ去って一品増やそうだなんて野望を抱いたのが間違いだった。ああ、

間に合わなーい😭

泣いていたってしょうがないぜ、ベイベー。こうなったらお前のハヤアシポテンシャルに賭けてみないかい✨

ナゾのキャラが登場し、なぐさめてんだか、あおってんのか意味不明。しかし。

キミに賭けてみるしかないもんな。

ヘタレは脚にギアを入れ、ぐいんと歩幅を広げた。

ぜったい今日とうもろこし食べる🌽

おや、今日は調子いい。やや上り坂の道をスイスイ進む。

いいじゃん、ワタシ。さあ、どんどん行ってみよう。

いつもの川ぺりの小径を半分通過。そして道路をはさんで後半戦だっ。

え。

あろうことかいつも無人の小径には、杖を持ったおじいちゃんが!

ありえんて。

もともと短気な私はスピードを落とさずおじいちゃんに追いつき、背後につけた。おそらくおじいちゃんも油断しているだろう。まさか後ろからチェイスされるとは夢にも思っていないのではないか。ゆえに、追い越しは無理でも「後ろに人がいる」事実に気づいてほしかったのだ。



ところが。

耳が遠いのか、歩くのに必死で気づかないのか、おじいちゃんは一向にペースを崩さない。
人一人がやっと通れる幅なので私の巻き返しは絶望的となった。

あーあ。

仕方ないと思いながらじわじわと怒りが湧き上がってきた。

いかーん。

私の信条は「怒らないこと」なのだ。

スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老、アルボムッレ・スマナサーラ さんの表題の本を読んで心酔し、これをモットーに決めた。

1945年4月、スリランカに生まれ、13歳で出家、1980年に国費留学生として来日した著者は、絶対に怒ってはならないとひたすら著書で繰り返した。初め私は猛烈に反発したが、読むほどに納得し、「怒らない」人生を選択することにした。今もリビングに置いて常に読み返している。これは私にとって大切なバイブル、いや…経典なのだ。

 
その私がこんな事で怒ってはならない。怒りとは、自分に火をつけ、その火で他人をあぶってやろうという実に愚かな行為なのだから。

そもそも、怒りとは二次感情なのだ。悲しい、寂しい、不安、焦る、などのハッピーでない感情、マグマをを処理できないおのれの無能さに苛立って爆発する。

私のマグマ…スタバで観てた動画をさっさと切り上げなかった自分に対する苛立ち。朝のうちに晩ごはんの仕込みしとかなかったダンドリの悪さへの失望。

おじいちゃんは何も悪くないのだ。

しかし。この道は最後まで抜け道がない。せめて気づいて急ぐフリだけでもしてくれたら。

うぬう。

短気炸裂!?

いや、まだまだ。こんな事で怒ってなるものか!

…きっと、このまま調子乗って突っ込んでったら事故に遭うところをおじいちゃんがストッパーになってくれてるんだ。ありがとう、おじいちゃん。


ちょっとスピリチュアル寄りに火消しにかかる。

でも。

全くこっち無視で立ち止まりながらのんびりのんびり徐行されると腹が…

いや。私は怒らないって決めたんだ。えっと。

そうだ、何かワークをやってみよう。私は愛に満ちた人間で、他人に与えるのが喜びなんだ💕みたいな。

いい事考えた。

毎日100人の人の幸せを願うっていうのはどうだろう。今日はもう100人は無理だけど。朝イチから、すれ違う人全部の幸せを願わないとこれは難しい。

ようやく、私に笑顔が戻った。

おじいちゃん、あなたは私の〝愛のワーク〟の記念すべき第1号なんですよ😆

おじいちゃんに良い事がたくさんありますように。脚が良くなってスイスイ歩けるようになりますように。

おや。手提げに赤ちゃん用のビスケットが。

お孫さんのために?

相好を崩し、お菓子を取り出してお孫さんに差し出す姿が目に浮かぶ。

きっと抱っこして高い高いしてあげたいだろうに、今は、難しいだろうな。

脚の調子が戻って、杖なしでお孫さんと遊べますように。

ふと気づくと、小径はもう終わりに差し掛かっていた。

悪いけど、ここで抜かさせて頂きます。

こんにちはあ。

おや、お急ぎでしたか?

柔和な笑顔はきっと、いいおじいちゃんなんだろうな。

すみません、急いでて。バタバタとごめんなさい。

いやいや!道ふさいで。この通り年寄りはいかんねえ。

そんな。ありがとうございます。


ああ、気をつけてお帰り。

火消し成功。

困り果てての愛を与えるワークは、意外や愛を受け取るワークになっていた。


愛をありがとう、おじいちゃん。