近くの係員さんがトイレを案内してくれた。なんと、いとうづの森公園の中だという(2016年の情報です。2023年は違うかもしれないので、ご確認願います🙇‍♀️)。


入り口の坂は結構な勾配。急いで戻るとまたしても取り残され、遥か彼方に最後尾集団の背中が見える。

あああ。だけど。ここまできたからには!

今度は折れずにみんなを追っかけることにした。幸いまだランナー膝の痛みは起こっていない。

急がば回れだよね。

私は誰もいなくなったコースに足を投げ出して座り、ストレッチを始めた。少しでも痛みの発生を引き延ばしたくて、構っていられなかった。

大丈夫ですかっ

たちまち駆けつける自転車のレスキュー部隊。

あの、トイレ行ってたら遅れちゃって。急に走るとまずいかなって。ケガじゃないから大丈夫です。

わあ、良かった。調子悪くなったらすぐ声かけて下さいね。まだ間に合いますから、慌てずに行きましょう。

爽やかに走り去る姿に叫ぶ。

ありがとう、ございまーす!

焦るな、焦るな。決まったペースで動き続ければ、必ず距離は縮まるはずなんだから。

負けるなー!

焦らなくていいんだよ!

これから、これから。

次々と歓声が飛ぶ。

がんばりまーす!

手を振ると一斉にみんなが大きく手を振ってくれた。

頑張って下さーい。

近くの少年リーグの少年たちだろうか。お揃いのユニホーム姿で仲良くならび、手を差し出している。路肩に寄り、その手に一人ずつタッチしていく。(コロナ対策で今はやらなくなっているかも😭)正直、体力もいるし、そんな事やっている時間の余裕はないのだが、不思議とぐんぐん元気になる自分がいた。少年達は二組に分かれて立っており、1組目が終わった私は妙なテンションでスピードアップしていた。そして自分でも意外な行動に出た。
…すなわち、右拳を突き上げ、高くジャンプしながら叫んだのである。

マリオっ!

少年たちがどっと笑った。

この人すげえ!

2組目にタッチした後も私は


ポイーン😆

と叫んで渾身のジャンプを披露した。

背後に少年たちの歓声を受け、程なく私は集団に追いついた。みんなアゴを上げ、脚の運びが不規則になり、キツそうだ。

そういえば私もマリオごっことかしてる場合じゃなかった。

我に返るも「周りに力をもらう」という闘い方を知った私は今までにない走り方をするようになった。冷静にフォームを確認しながらも声援に手を振ったり、声をかけたりして「自分が主役のこの一瞬」を沿道の皆さんとエンジョイできるようになったのだ。それはなんだかとても不思議な体験だった。そこにまた、大きな声援が飛んできた。

てっちゃーん!てつう!

へ?

私を知ってる人がいる?

みると小学校の同級生、マイコはんだった。

マイコはああ〜ん!

がんばれえ、てっちゃーん!


一瞬の出来事だった。あの時とおんなじ。中学校も同じ、部活が違ってたマイコはん。テニス部の朝練で私が友人と乱打練習をしていると、バレー部の朝練に向かうマイコはんは失敗してラケットで自分の脚をぶつ私に声援を送ってくれた。憧れの先輩が試合でミスった時、戒めのためにラケットで自分の脚をパンっと叩くのがカッコよくて、私も真似していたのだ。


てっちゃーん、がんばれえ。


まるで自分のことみたいに、マイコはんはあの時も真剣な目で、全力で叫んでくれていた。今日は、たまたま誰かの応援で沿道に立っていたのだろう。


優しくて美人で、脚がモーレツに速いマイコはんはみんなに好かれていた。どんなツッパリ(ノーベル製菓の俺のミルクみたいな昭和のワルい学生たち)も彼女には一目置いていた。
クラスも違っていて、そんな彼女が私の名を呼んで応援してくれるので、嬉しいし、図々しく友達面するのも気が引けて、少し手を振るのが精一杯だった。

ねえ、てっちゃんはマイコはんと仲いいん?派閥に敏感な仲間から関係を聞かれた事もあった。ちなみにマイコはんはあだ名で、本名はマキコちゃんじゃなかったっけ?そのはんなりした物言いとたたずまい、なんだかお母さんぽい面倒見の良さからいつのまにかマイコはんと呼ばれるようになっていた。

今見ても銀縁メガネ越しに秀麗な顔立ちが際立ち、黒いパンツにベージュのコートという地味な格好をしていてもなんだかそこだけ優しく温かいバックがついているかのようだった。

気づけばここは、私の故郷の街。横を流れる川は水が枯れ、元気なくパサついた雑草の間を申し訳程度にチョロチョロと水が見えているだけだ。それなのにマイコはんの登場で、朝から晩まで遊び回ってた小学生時代、部活に明け暮れた中学時代が蘇ってきた。そして不思議な事にすっかり変わってしまった街や川に、あの頃の色彩や匂いまでもが鮮やかによみがえり始めた。


川に降り立つ白鷺。ちゃぱんちゃぱんと音を立てながら豊かな水は河原の丸い石の間を流れ、水浸しになったナイロンシューズを脱ぎ捨てた私は、友達と一緒に逃げた小魚を水草の間に探し回る。

もうすぐ、高炉台公園だ!

故郷の街並みと懐かしい記憶が元気をくれた。元地元民は、地理感?を味方につけて再びごぼう抜きの快挙を成し遂げた。